千賀滉大

千賀 滉大
ニューヨーク・メッツ #34
2023年3月27日
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県蒲郡市
生年月日 (1993-01-30) 1993年1月30日(31歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
202 lb =約91.6 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 2010年 育成選手ドラフト4位
初出場 NPB / 2012年4月30日
MLB / 2023年4月2日
年俸 $15,000,000(2024年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
五輪 2021年
WBC 2017年
この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手  ■テンプレート

獲得メダル
男子 野球
日本の旗 日本
オリンピック
2020 野球

千賀 滉大(せんが こうだい、1993年1月30日 - )は、愛知県蒲郡市出身[2]プロ野球選手投手)。右投左打。MLBニューヨーク・メッツ所属。

シーズン奪三振率(11.33)および通算奪三振率(10.35)のNPB記録保持者[3][4]。クライマックスシリーズ通算68奪三振は歴代1位。

育成制度出身選手として多数の記録を保持しており、同初のノーヒットノーランの達成、最優秀防御率最多奪三振最多勝最高勝率タイトルの獲得および2020年の投手三冠王の達成(ノーヒットノーランと投手三冠は令和初)[5][6]、投手としてのベストナイン、ゴールデングラブ賞受賞、日本シリーズの開幕投手、育成出身選手最多の通算勝利数・奪三振数記録[7]甲斐拓也と共に育成出身選手史上初のオリンピック代表選手かつ同大会の金メダリスト。育成選手史上初のメジャーリーガー

経歴

プロ入り前

愛知県蒲郡市出身。実父が岩城滉一のファンであることから、出生時に「大」と命名[8]。小学校2年生から少年野球チーム「三谷東若葉」、4年生からは「北部サニーボーイズ」に所属[9]蒲郡市立中部中学校時代は軟式野球部に所属し、三塁手としてプレーした[2]。もっとも、成長痛のせいで中学時代は殆ど試合には出られなかったと伝わる[10]

愛知県立蒲郡高等学校には志望校に不合格で仕方なく進学した形で、高校進学後はボクシングかサッカーに転向しようと考えていた。野球部はお世辞にも強豪とは言えず、同じ中学の野球部だった先輩から誘われる形で野球部に入部したが、本人は当初野球に本気ではなかった[10]。入部後、本人の希望は経験のある内野手であったが、「キャッチボールをしているのを見た段階です。ボールの伸びが野手の球ではなかったんです。これは投手の球だなと思いました。」という監督・金子博志の意向で投手へ転向すると、1年夏から公式戦に登板[11]。膝痛を抱えていたこともあり[12]、2年秋と3年春は公式戦に登板しなかったが[2]、3年夏の県予選2回戦ではプロ3~4球団のスカウトが見守る中、愛知商業に7-5で勝利[13]。しかし、岡崎商業との3回戦に1-7で敗退した[14]

2010年の育成ドラフト会議で、福岡ソフトバンクホークスからの4巡目指名を受けて入団[15]。「アマ球界に詳しい」という愛知県名古屋市のスポーツショップ「西正(にしまさ)ベースボールショップ」の経営者・西川正二(にしかわ まさじ)からの薦めで[2][16]当時のスカウト・小川一夫が千賀の獲得を決めたという[17]背番号128[18]

ソフトバンク時代

2011年、前述の膝痛で高校時代はあまり練習を積めていないこともあり、4月の三軍練習ではメニューの半分も走れない状態であったが[12]倉野信次三軍投手コーチとマンツーマンで身体を鍛え上げると、8月に150km/hを計測(高校時代の最速は144km/h)[19]。ルーキーイヤーでのウエスタン・リーグ公式戦への登板機会は無かったものの、フェニックス・リーグでは中継ぎとして4試合に登板し、計3回1/3を無安打無失点と好投[20]。最終的には球速が最速152km/hにまで伸びた[17]

2012年は春季キャンプ終盤に一軍へ抜擢され[20][21]、オープン戦での登板機会も得たが、2月26日の広島東洋カープ戦で1回4安打3失点を喫すると[22]、3月9日の読売ジャイアンツ戦では左足首をひねって緊急降板となり[23]、開幕を二軍で迎えた。ウエスタン・リーグでは先発として4試合の登板で防御率1.50と結果を残すと、4月23日に支配下選手登録[24]。推定年俸は440万円、背番号21へ変更となった[25]。同30日の千葉ロッテマリーンズ戦でプロ初登板・初先発を果たし、3回2/3を投げて4安打4四球3失点の内容で勝敗は付かなかった[26][27]。翌日に出場選手登録を抹消され[26]、5月11日のロッテ戦で再び一軍での先発機会を得たが[28]、1回0/3を投げて4四球と自滅し[29]、4失点(自責点2)でプロ初黒星を喫した[30]。その後は7月25日に一軍へ昇格するも[31]、登板機会が無く同27日に登録抹消となり[32]、この年の一軍登板は前述の2試合のみであった。ただ、ウエスタン・リーグでは21試合の登板で7勝3敗・防御率1.33と好成績を収め、同リーグの最優秀防御率に輝いた[33][34]。秋に右肩を痛め、秋季キャンプやプエルトリコのウインターリーグも断念したが[2]、オフに210万円増となる推定年俸650万円で契約を更改した[35]

2013年1月9日、背番号が41へ変更となることが発表された[36]。自主トレから投球フォームの改良へ積極的に取り組み[17]、開幕ローテーション入りを目指していたが[37]、3月2日の巨人とのオープン戦での登板予定を発熱により回避し、即二軍降格となった[38]。同10日に一軍へ復帰すると[39]、中継ぎとして自身初の開幕一軍入り[40]。3月31日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦でプロ初のリリーフ登板を果たすと[41]、4月11日のオリックス・バファローズ戦ではプロ初ホールド[42]、5月12日の埼玉西武ライオンズ戦ではプロ初勝利を挙げた[43]。4月3日の北海道日本ハムファイターズ戦から無失点を続けると[44]、4月中旬からはセットアッパーとして起用され[45]、6月21日の楽天戦まで27登板試合連続無失点を記録[44]。初めてクローザーとして起用された6月26日の日本ハム戦では9回裏を三者凡退に抑え、豊田清が持つ『救援投手の連続無失点イニング記録(34回1/3)』のパ・リーグ記録に並んだが[46]、回を跨いだ延長10回裏では一塁手・中村晃の適時失策により、自責点0ながら1失点でサヨナラ負け[47]。この試合から4登板連続で失点・敗戦投手を喫すると[48]、7月4日に出場選手登録を抹消された[49][50]。同14日に再登録されると[51]、監督推薦により初出場[52]となったオールスター第2戦では4回裏から2番手として登板。2イニングを無失点、4者連続を含む5奪三振と好投し[53]、敢闘選手賞を受賞した[54][55]。後半戦は7月26日の日本ハム戦でプロ初セーブを挙げたものの[56]、8月以降の登板では救援失敗が目立ち[57][58]、9月4日の日本ハム戦では左脇腹に痛みを訴えて緊急降板[59]。翌5日に左腹斜筋の肉離れと診断され、登録抹消となり[60]、そのままシーズンを終えた。この年はチーム2位タイの51試合に登板し[61]、1勝4敗17ホールド1セーブ・防御率2.40を記録[62]。オフの契約更改交渉では2650万円増となる推定年俸3300万円でサイン[61]。交渉の席では翌年からの先発再転向を直訴した[62]

2014年は春季キャンプを初めてA組でスタートしたが[63]、調整不足で序盤にB組へ降格[64]。その後は一軍へ戻り、オープン戦では中継ぎとして[65]6試合の登板で計6回を1失点、2セーブを記録したものの[66]、ロングリリーフ要員を必要とするチーム事情があり、開幕を二軍で迎えた[67]。4月4日に出場選手登録をされ[66]、シーズン初ホールドは5月7日の日本ハム戦[68]とホールドが付かない場面での登板が続いた。同23日の阪神タイガース戦では自身1年ぶりの勝利を挙げたが[69]、右肩の違和感で6月15日に登録抹消となり、検査では疲労と診断された[70]。しかし、投球練習の再開は12月下旬にまで持ち越され[71]、この年は19試合の登板で1勝1敗3ホールド・防御率1.99という成績であった。オフに800万円減となる推定年俸2500万円で契約を更改した[72]

2015年、前年発症した右肩痛のリハビリを経て、自主トレから先発への再転向を視野に調整[73][74]。シーズン序盤は右肩の状態を優先したため、一軍復帰は8月となったものの[75]、復帰戦となった8月18日のオリックス戦で先発を務めると、7回4安打無失点の好投で自身初の先発勝利を挙げた[8]。翌19日に出場選手登録を抹消されたが、2度目の先発となった9月20日のロッテ戦でも8回1安打無失点と好投[76]。その後はチーム事情でブルペン待機となり[77]、1試合のリリーフ登板を経て[78]先発に戻り[79]、レギュラーシーズンでは4試合(3先発)の登板で2勝1敗・防御率0.40を記録した[80]。ポストシーズンでは“ジョーカー”として様々な場面で起用され[81]、ロッテとのCSファイナルステージ第1・3戦ではいずれもピンチの場面で登板し、好救援を見せた[82][83]東京ヤクルトスワローズとの日本シリーズでは第3戦の5回裏、1点リードの二死一塁という場面で2番手として同シリーズ初登板を果たしたが、山田哲人に逆転2点本塁打を打たれて敗戦投手となった[84]。ただ、第4戦では2点リードの7回裏から登板し、2イニングを完璧に抑えた[85]。オフに現状維持となる推定年俸2500万円で契約を更改し[75]、12月26日には一般女性と同14日に結婚していたことを発表した[86]

2016年は春季キャンプから順調な仕上がりを見せ、開幕5戦目の西武戦での先発が内定[87]。6回2/3を投げて4失点の内容でシーズン初勝利を挙げると[88]、4月13日の西武戦では9回6安打10奪三振1失点、135球の力投でプロ初完投勝利を挙げた[89]。その後も白星を積み重ね、7月13日のロッテ戦で開幕8連勝を記録した[90]。8月6日の日本ハム戦でシーズン初黒星を喫したものの[91]、同20日の日本ハム戦ではシーズン10勝目を挙げた[注 1]。9月3日の楽天戦では自身2度目の完投でシーズン12勝目を挙げ、山口鉄也が持っていた『NPBの育成ドラフト出身投手による一軍公式戦でのシーズン最多勝利記録』を更新するなど[93]、開幕から先発ローテーションを守り抜き[94]、自身初の規定投球回に到達。レギュラーシーズンでは25試合の先発登板で12勝3敗・防御率2.61を記録した[95]クライマックスシリーズでは『育成ドラフト出身初のCS先発登板』を果たし[96]、ファーストステージ・ファイナルステージに1試合ずつ先発した[97][98]。シーズン終了後には日本代表強化試合(詳細後述)に出場し、オフに4000万円増となる推定年俸6500万円で契約を更改した[94]

2017年は第4回WBCへの出場(詳細後述)を経て、3月25日にチームへ合流し[99]、レギュラーシーズンではコンディションを考慮され、楽天との開幕2カード目の初戦でシーズン初登板初先発[100]。この試合では育成ドラフト同期入団の甲斐拓也と共に史上初の『育成選手出身先発バッテリー』を組んだが、4回7失点で敗戦投手となった[101]。ただ、続く4月11日の日本ハム戦でも甲斐と先発バッテリーを組むと、8回無失点と好投し、史上初の『育成選手出身先発バッテリー勝利』を記録[102]。その後はこの試合を含めて自身5連勝を記録していたが[103]、5月16日のオリックス戦で背中の張りを訴えて僅か9球、自己最短の2/3回で降板[104]。出場選手登録は外れずに治療や調整を進め[105]、中11日で5月28日の日本ハム戦に先発登板し、8回1失点の好投で勝利投手となったが[106]、続く6月4日の横浜DeNAベイスターズ戦では8回途中5失点で敗戦投手[107]。その後、背中の張りの症状が再発し、同8日に登録抹消となった[108]。離脱中ではあったものの、前年までの実績に加えてWBCでの活躍もあり、オールスターのファン投票先発部門でトップ当選[注 2]。7月1日の楽天戦で一軍復帰を果たし[110]、同14日の球宴第1戦では史上初の『育成ドラフト出身の球宴先発登板』を果たした[111][112]。後半戦は8月12日の日本ハム戦でシーズン10勝目を挙げると[注 3]、9月9日のロッテ戦では自身が持つ『NPBの育成ドラフト出身投手による一軍公式戦でのシーズン最多勝利記録』を更新する自己最多の13勝目を挙げた[114]。勝率第1位のタイトルと規定投球回到達が懸かった[115]。10月6日のオリックス戦では6回3失点で規定投球回に到達したものの、リードを許して降板。ただ、9回二死からチームが同点に追いついたことで勝率第1位のタイトルが確定した[116]。レギュラーシーズンでは22試合の先発登板で13勝4敗・防御率2.64、リーグトップの勝率.765を記録[117]。2年ぶりのリーグ優勝に貢献した[118]。ポストシーズンでは楽天とのCSファイナルステージ第2戦に先発し、7回途中2失点で敗戦投手となったが[119]、DeNAとの日本シリーズでは育成出身選手としては同シリーズ史上初となる開幕投手を務めた[120]。7回4安打1失点と好投し、自身初めてポストシーズンで勝利投手となった[121]。2年ぶりの日本一に貢献した[118]。オフの契約更改交渉では6000万円増となる推定年俸1億2500万円でサイン[122]。交渉の席では、将来的なポスティングによるメジャー挑戦を直訴した[123]

2018年は開幕前に日本代表強化試合(詳細後述)に出場。レギュラーシーズンでは育成出身史上初となる開幕投手に指名され[124]、オリックスとの開幕戦に先発し、7回1安打無失点の内容で勝敗は付かなかったものの、チームの勝利に貢献した[125]。しかし、続く4月6日の楽天戦ではマウンドで右肘を気にする場面があり、4回途中6失点で敗戦投手になると[126]、翌7日に右肘周辺の張りで登録抹消[127]。5月1日のロッテ戦で一軍復帰し、7回5安打10奪三振1失点の好投でシーズン初勝利を挙げると[128]、この試合を含めて復帰後3戦3勝を記録したが[129]、右前腕の張りで5月19日に再び登録抹消となった[130]。6月1日の再復帰後は100球前後の球数制限が設けられ[131][132]、交流戦明けには日程に余裕があることから10日間の登録抹消を挟むなど[133]慎重に起用されたが、7月3日の楽天戦の登板後に[134]右肩周辺のコンディションに不安が生じたため、大事をとって同5日に4度目の登録抹消[135]。中12日で後半戦の開幕投手を務めると[136][137]、8月17日のオリックス戦ではプロ初の完封勝利を挙げるなど[138]、8月は4先発で4勝・防御率0.86を記録し、パ・リーグの育成ドラフト出身選手では史上初となる月間MVPを受賞した[139]。9月15日の西武戦では自身2度目の1イニング4奪三振を記録し、同一選手が2度達成するのは史上初であった[140]。レギュラーシーズン最後の登板となった10月6日のオリックス戦で自己最多タイの13勝目を挙げたが、規定投球回には2イニング届かず[141]、この年は22試合の先発登板で13勝7敗・防御率3.51という成績であった。クライマックスシリーズでは日本ハムとのファーストステージ第2戦に先発し、6回2失点(自責点1)で勝敗付かず[142]。プロ入り後初の中4日で先発した西武とのファイナルステージ第3戦では、5回1失点で同シリーズ初勝利を挙げた[143]。広島との日本シリーズでは第1戦と第5戦に先発したが、積極継投というチームの方針もあり[144]、2試合とも5回持たずに降板した[145][146]。オフに3500万円増となる推定年俸1億6000万円プラス出来高で契約を更改した[147]

映像外部リンク
【快挙】H千賀 育成出身初・令和初のノーヒットノーラン 《THE FEATURE PLAYER》 - YouTube
パーソル パ・リーグTV 2019年9月6日公開

2019年は2年連続で開幕投手に指名された[148]。3月2日の阪神とのオープン戦で158km/h[149]、同22日の広島とのオープン戦では159km/hと自己最速を更新していき[150]、西武との開幕戦では6回3安打無失点の内容で勝敗は付かなかったものの、日本人2位タイとなる161km/hを計測した[151]。打線が低調なこともあり、開幕からの3先発では白星に恵まれなかったものの[152][153]、4月19日の西武戦で8回2安打無失点と好投し、シーズン初勝利を挙げると[154]、5月18日の日本ハム戦で開幕5連勝を達成[155]。同31日の楽天戦で8回3失点と力投するも敗戦投手となり、開幕からの連勝が止まったが[156]、5月は5先発で3勝1敗、リーグトップの勝率.750・36イニング・43奪三振を記録し、自身2度目となる月間MVPを受賞[157]。さらに6月は4先発で3勝1敗・防御率2.88、リーグトップの31奪三振を記録し、2か月連続かつ自身3度目となる月間MVPを受賞した[158]。ファン投票で2年ぶり3度目となるオールスターに選出され[159]、第1戦に先発して2回3奪三振無失点で勝利投手となった[160]。後半戦は8月2日の日本ハム戦で8回118球、2点リードという状況から志願の続投で完封勝利を挙げるなど、心身両面で成長を示し[161]、9月6日のロッテ戦では史上80人目のノーヒットノーランを達成[5][注 4]。この年はシーズンを通して先発ローテーションを守り、26試合の先発登板で180回1/3を投げ、13勝8敗・防御率2.79とエースとして認められる1年となった[163]。また、227奪三振で最多奪三振のタイトルに輝き、奪三振率11.33は規定投球回到達者では歴代最高を記録した[164]クライマックスシリーズでは、楽天とのファーストシリーズ第1戦で7回4被弾4失点で敗戦投手となったが[165]、西武とのファイナルステージ第3戦では8回2安打10奪三振無失点と快投した[166]。巨人との日本シリーズでは3年連続で同シリーズ開幕投手を務め、7回3安打1失点で勝利投手となり[167]、チームの3年連続日本一に貢献した[168]。シーズン終了後には、球団の投手では工藤公康以来24年ぶり、育成出身の投手では史上初となるゴールデングラブ賞を受賞[169]。また、育成出身の投手では初となるベストナインに選出された[170]。契約更改交渉では1億4000万円増となる推定年俸3億円でサインした[171]

2020年、自主トレ期間中に右ふくらはぎに違和感を覚え、春季キャンプは別メニュー調整でスタート[172]。2月13日にはブルペン投球を再開するも、患部の影響でフォームのバランスを崩し[173]、右前腕部の張りで2月23日からノースロー調整となり、同29日にはリハビリ組に合流[174]。開幕に間に合わない見込みであったが、新型コロナウイルスの影響で開幕延期[175]。5月25日、開幕日が6月19日になることが発表されたものの、慎重に一軍復帰への段階を踏ませるチームの方針があり、開幕一軍メンバーからは外れた[176]。7月7日の楽天戦でシーズン初登板初先発となり、自己最速タイの161km/hを計測し、5回4安打6奪三振3失点の内容で勝利投手となったが[177]、8月18日のロッテ戦では自己ワーストの被安打12、2試合連続の6失点を喫するなど[178]苦しい投球が続いた。しかし、同25日のオリックス戦で7回を投げ、この年初めて無失点に抑えると[179]、9月8日の楽天戦でも8回無失点と好投[180]。後半戦は復調し、9月29日の楽天戦の初回に1点を失って以降はレギュラーシーズン終了まで、39イニング連続で自責点0を継続[181]。レギュラーシーズン最終登板となった11月4日のロッテ戦では、3回裏にパ・リーグ史上最速(NPB史上では藤川球児に次ぐ2番目)で通算1000奪三振を達成した[182]。この年は18試合の先発登板でリーグトップタイの11勝149奪三振、リーグトップの防御率2.14を記録し、開幕投手を務めた東浜巨と共に先発ローテーションを牽引し、チーム3年ぶりのリーグ優勝に貢献[183]。また、最多勝利・最多奪三振・最優秀防御率のタイトルを獲得し[184]、2018年の菅野智之以来となるNPB史上20人目、パ・リーグでは2006年の斉藤和巳以来となる投手三冠を達成した[185]。ポストシーズンではロッテとのCSファイナルステージ第1戦に先発し、7回8安打8奪三振3失点の内容で勝敗付かず[186]。巨人との日本シリーズでは1969〜1972年の堀内恒夫以来、4年連続で同シリーズ開幕投手を務め[187]、7回3安打無失点の好投で勝利投手となり[188]、チームの4年連続日本一にも貢献[189][注 5]。オフに1億円増となる推定年俸4億円で契約を更改した[191]

2021年、両ふくらはぎ痛により春季キャンプをリハビリ組でスタートし[192]、3月12日の中日ドラゴンズとの春季教育リーグでこの年初の実戦登板を果たしたものの、開幕ローテーションからは外れた[193]。4月6日の日本ハム戦でシーズン初登板初先発となったが[194]、5点リードの6回一死、渡邉諒のピッチャーライナーを捕球した際に左足首を痛め、緊急降板[195]。試合後には捻挫と診断され、翌7日に登録抹消となったが[196]、4月9日にMRI・CT検査を受けた結果、左足首の靱帯損傷が判明[197]。復帰までに2~3か月かかる見込みであることが同10日に球団から発表された[198]。6月17日の火の国サラマンダーズとの三軍戦で実戦復帰を果たし[199]、7月6日のロッテ戦では一軍復帰登板となったが、2回2/3を9安打3四球、自己ワーストの10失点で敗戦投手となり[200]、同9日に出場選手登録を抹消された[201]。東京オリンピックへの出場を経て(詳細後述)、レギュラーシーズン再開後は4戦4勝を記録すると[202]、チームの低迷もあってシーズン終盤は登板間隔を中5日に詰め[203]、10月3日のオリックス戦では自身2度目となる中4日での先発[204]とフル回転。チームは10月23日に4位が確定していたが、同25日のロッテとのシーズン最終戦では志願して中5日で先発し、6回6安打3失点で6年連続となる2桁勝利を達成した[205][206]。この年は故障の影響で3年ぶりに規定投球回到達を逃したものの、13試合の先発登板で10勝3敗・防御率2.66を記録[207]。10月19日に国内FA権を取得していたが[208]、オフに権利を行使せずに残留することとなり、選手自身が契約を見直したり破棄できる『オプトアウト』付きの年俸変動制5年契約を締結[209]。2022年は2億円増となる推定年俸6億円でサインした[210]

2022年の千賀

2022年は順調な調整を見せ、春季キャンプ中の2月15日に藤本博史新監督から、自身3年ぶり3度目となる開幕投手に指名された[211]。オープン戦2度目の先発予定を新型コロナウイルス濃厚接触者の疑いで回避し[212]、自主隔離となったものの、幸い濃厚接触者には特定されず[213]、その後のオープン戦2試合をいずれも1失点にまとめ[214]、問題無く日本ハムとの開幕戦に先発。7回4安打1失点の内容で勝敗は付かなかったが[215]、チームの6年連続開幕戦勝利に貢献した[216]。続く4月1日の楽天戦で8回5安打無失点と好投し、シーズン初勝利を挙げると[217]、開幕3連勝を記録[218]。5月13日の日本ハム戦では初回に自己最速を更新する164km/hを計測して8回4安打1失点[219]、自己最多タイとなる14奪三振の力投も完投負け[220]でシーズン初黒星を喫した[219]。続く同20日のロッテ戦でも4回4失点で敗戦投手となり[221]、翌21日に右肘の張りで登録抹消[222]。中13日で6月3日の中日戦にて復帰登板を果たしたが[223]、同24日の日本ハム戦では6回の投球練習の際に右肘の張りを訴えて緊急降板し[224]、翌25日に再び登録抹消となった[225]。中18日で7月13日のオリックス戦にて復帰登板を果たし[226]、続く同21日の楽天戦で8回4安打無失点と好投し、自身4連勝を記録したものの[227]、後半戦開幕となった7月29日の西武戦[228]では5回5失点で敗戦投手[229]。8月4日には新型コロナウイルス陽性判定を受け、症状もあって自主隔離となり[230]、翌5日に出場選手登録を抹消された[231]。8月21日の二軍戦で実戦復帰を果たし[232]、同28日の日本ハム戦で一軍復帰。80球の球数制限がついた先発登板となったが[233]、76球で6回を投げきり、4安打無四死球9奪三振無失点の内容で勝利投手となった[234]。その後は本調子でない投球が目立ったものの[235][236]、チームが優勝マジック1[237]で迎えた10月1日の西武戦に中5日で先発し[238]、7回1失点と力投[239]。ただ、打線の援護が無くチームは延長戦で敗れ[240]、翌2日もチームは敗戦し、オリックスが勝利したことでリーグ優勝を逃した[241]。この年は3度の離脱がありながらもチームで唯一規定投球回に到達し、22試合の先発登板で11勝6敗[242]、リーグ2位の防御率1.94を記録した[243]。ポストシーズンでは西武とのCSファーストステージ第1戦に先発[244]。4点リードの5回表、一死一・三塁の場面からゲッツー性の打球を中村晃が悪送球したことを皮切りに2点を失い[245]、6回表にもソロ本塁打で失点したものの[246]、志願して8回まで続投し[247]、8回4安打11奪三振3失点(自責点2)の力投で勝利投手となった[246]。続くオリックスとのファイナルステージ第3戦に中5日で先発し、負ければチームは敗退というマウンドであったが[248]、160km/h超えを連発する圧巻の投球を披露[249]。両脚が攣ったことにより7回途中で降板したものの、3安打無失点の好投で勝利投手[250]。CSでは2戦2勝とエースの役目を果たしたが[251]、チームは翌10月15日の第4戦でファイナルステージ敗退が決定し、試合後には「自分の中では、6年くらい言っていますし、いまさら変わることはない。行使は絶対します」とシーズン中に取得した海外FA権の行使を明言[252]。11月10日に海外FA宣言選手としてNPBから公示された[253]

メッツ時代

2022年12月18日にニューヨーク・メッツと5年契約[注 6]を結んだ[256]。球団史上14人目の日本生まれの選手であり、MLBで最多となる[256]。千賀の移籍によって育成出身初のメジャーリーガーが誕生した[257]。12月19日に入団会見を行った[258]。背番号は「34」となり[259]、この背番号は球団公式ツイッターで「34」「40」「46」の3択でのアンケートを実施し、トップだったものである[260]。メッツ入団の決め手としては、マックス・シャーザージャスティン・バーランダーの2人が所属していたことを挙げた[261]。また、2023年3月に開催予定の第5回WBC日本代表については東京でのB組については参加できないとしつつも、日本がマイアミでの準決勝に進出した場合には途中参加することを監督に就任した栗山英樹に意思表明したことを公表した[259]。しかし、監督の栗山は、千賀が移籍1年目である事情を考慮し、準決勝進出の場合も含め、日本代表に選出しないことを決断した[262]

本拠地開幕戦にて
(2023年4月7日)

2023年4月2日のローンデポ・パークでのマイアミ・マーリンズ4回戦でMLB公式戦初登板・初先発を果たす。2点の援護をもらった直後の1回裏、先頭のルイス・アラエスを安打で出した後自らの暴投で二塁に進め、続くホルヘ・ソレアに適時二塁打を打たれ初失点、続く2打者に連続四球で無死満塁のピンチを迎えたものの、5番ユリ・グリエルから空振りでMLB初奪三振、続くヘスス・サンチェスも空振り三振、ジョン・バーティを右直に打ち取りピンチを切り抜けると、その後は2回先頭打者に四球を出したものの一死から併殺打、5回二死からアラエスに初回以来となる安打を打たれたものの続くソレアを空振り三振、6回裏先頭のジャズ・チザム・ジュニアからこの試合8個目となる三振を空振りで奪ったところで交代、5回3分の1を88球1失点で、チームはその後5-1で勝利し、MLB初先発初勝利を果たした[263]。7月8日にマーカス・ストローマンが辞退し[264]、代替選手としてMLBオールスターゲームに初選出された[265]。メッツの新人選手がMLBオールスターゲームに選出されるのは1967年トム・シーバー1968年ジェリー・クーズマン1984年ドワイト・グッデン2019年ピート・アロンソに次いで5人目だった[265]。この年は29試合に登板し12勝7敗、リーグ2位の防御率2.98、202奪三振[266]、リーグ3位の被安打率6.82[267]、リーグ4位の奪三振率10.93[268]、リーグ5位の被本塁打率0.92[269]という結果を残した。また記者投票では新人王投票2位[270]サイ・ヤング賞投票でも7位[271]に入った。

代表経歴

第4回WBC

2016年10月18日に『侍ジャパン 野球オランダ代表 野球メキシコ代表 強化試合』の日本代表に選出されたこと[272]。この強化試合では中継ぎとして2試合に登板した[273]

2017年1月24日に第4回WBC日本代表に選出された[注 7]。3月に開催された本戦では中継ぎ[275][276]に先発とフル回転[277]。準決勝のアメリカ合衆国戦ではサード・松田宣浩のファンブルで同大会初失点を喫し、敗戦投手になったものの、計11イニングで16奪三振を記録[278]。これは菅野智之と並び、同大会最多タイの奪三振数であった[279]。大会終了後にはポジション別優秀選手(投手部門は3人)に日本代表から唯一受賞した[99][280]。また、上記の活躍が評価され、5月22日には蒲郡市スポーツ栄誉賞を受賞した[281]

第2回プレミア12

2018年1月23日に『ENEOS 侍ジャパンシリーズ2018』の日本代表に選出された[282]。このシリーズは侍ジャパントップチームの初陣となっており、その開幕投手に指名されると[283]、予定の2イニングを初回先頭から6者連続奪三振と圧巻の投球を見せた[284]

2019年10月1日に第2回プレミア12日本代表に選出されたが[285]、同24日に右肩違和感のため出場辞退を発表した[286]

東京オリンピック

2021年6月25日に中川皓太が骨折により東京オリンピック本戦の日本代表を辞退し[287]、千賀は左足首の靱帯損傷で離脱中ながらも一軍復帰の見通しは立っており、代替選手の候補に挙げられた。本人の状態を確認し、球団も了承したことで[288]、7月5日に日本代表入りが正式に決定した[289]

本戦では決勝を含め、2試合に救援登板。計3回を6奪三振無失点と好投し、日本の金メダル獲得に貢献した[290]

選手としての特徴

2023年の投球データ[291]
球種 配分
%
平均球速
km/h
フォーシーム 37.0 153.9
カットボール 25.0 146.1
フォーク 23.7 134.0
スライダー 5.8 136.2
スイーパー 5.7 130.3
カーブ 2.8 117.3

スリークォーター[292][293]から投じる平均154.4km/h(2022年シーズン)[294]・最速164km/h[295]の力強いフォーシームに加え、落差の大きいフォーク[296]カットボール[297]縦スライダーで空振りを奪うスタイル[2]。特に凄まじい落差を誇るフォークボールは「お化けフォーク: ghost fork)」と呼ばれ、千賀の代名詞となっている[298][299]

MLB初年度の2023年シーズンにおいて、千賀のフォークは打者の空振り率を示すWhiff%で59.5%を記録しており、これは2008年のピッチトラッキング導入以降、先発投手の一球種としてのMLBシーズン最高記録である[300]。また、Run Valueに基づくと千賀の球種の中で相手の得点期待値を最も下げている球種はカットボールであり、同年千賀以上にカッターのRun Valueが高い投手はコービン・バーンズのみだった[301]

高校時代に最速144km/hを記録し、その後プロ1年目に基礎体力の養成を優先した結果、1年間で最速記録を152km/hにまで伸ばした[17]。2年目には、当時の先輩投手・近田怜王の勧めで、スポーツトレーナーの鴻江寿治が主宰する合同自主トレーニングへ近田、チェン・ウェイン吉見一起上野由岐子などと共に参加。鴻江から身体の使い方を学んだことをきっかけに、低めへのストレートの伸びを大幅に向上させた[17]。地元球団である中日ドラゴンズのスカウトは、ソフトバンク入団後に二軍での千賀の投球を視察した際に「愛知にこんな選手がいたなんて…」と悔しがった[8]

高校時代にはフォークボールの握りを浅めにするスプリットフィンガード・ファストボール(スプリット)を投げていたが、スライダー回転していたため人差し指を縫い目にかける工夫をした。プロ入り後、制球難に苦しんでいた千賀は2012年1月の自主トレで球界屈指のコントロールを誇る吉見に積極的にアドバイスを求め[302]、親指の使い方を教わり「20球に1球しかまともに落ちなかったフォーク」が毎回真下に落ちる完成度の高いフォークへ変わり[303]、お化けフォークとまで呼ばれるようになる[296]

救援投手として起用され始めた2013年のレギュラーシーズンでは、一軍公式戦でチームトップの51試合に登板。同点の局面で登板した7試合のうち、5度救援に失敗した。その一方で、僅差でのリードを背負って登板した18試合では、17試合を無失点で凌いでいた。当時は直球とフォークを主体に投球を組み立てていたが、2015年の先発再転向後は、スライダーを配球に加えることで投球の幅と安定感を増している[8]

NPBではDH制のあるパ・リーグに在籍していたことから、普段打席に立つことはなかったが、MLBに移籍する前の2022年まで、交流戦で打席に立った7試合のうち4試合で安打を打っており、通算18打数4安打の成績を残していた。

倉野信次の証言によると、入団当初は普通の選手の練習メニューについてけないほど体力が無く、強く投げると肩に違和感が出るルーズショルダーであったというが、倉野は当時より体の柔らかさやしなやかなフォームを評価していた[304]

人物

  • 2015年12月14日に22歳で結婚しており[305]、2017年1月30日に第一子となる女児が誕生したと報じられた[306]
  • チームメイトの石川柊太柳田悠岐らと同様に、ももいろクローバーZのファン(モノノフ)であり[307]、好きが高じてグローブに“クローバー”の刺繍を入れていることをテレビで取り上げられたことがある[308]。本拠地での自身の入場曲に、同グループの楽曲を使用することもある[309]
  • 愛知県出身で、幼少期には中日ドラゴンズファンの父親とともによくナゴヤドームで中日戦を観戦していたが、当時は阪神タイガースに在籍していた金本知憲に憧れていた[310]
  • 故郷の蒲郡市で「蒲郡観光大使」に任命されている[311][312]。グローブのウェブには蒲郡の地図とお化けが刺繍されている[313][314]
  • 2017年オフ、球団から松坂大輔らがつけていた背番号「18」への変更を打診されたが、悩んだ末に2013年から背負う「41」を「自分の代名詞にしたい」と辞退している[315]。千賀は「本当のことを言うと、18番をつけたい気持ちが強かったんです」「松坂さんが背負っていた番号だから、つけたかった」「(でも)いま背負っている41番で頑張りたい気持ちがあったんです」「『千賀の41だから41番をつけたい』と思ってもらえる番号にしたい」と語っている[315]
  • 東京オリンピック 野球日本代表侍ジャパン)として金メダルを獲得した功績をたたえ、2022年1月30日、愛知県蒲郡市のJR·名鉄蒲郡駅南口前に記念のゴールドポスト(第59号)が設置された(ゴールドポストプロジェクト[316])。
  • メッツ移籍後、本拠地シティ・フィールドでの登板試合で奪三振を獲るたび、メッツとゲーム会社セガのコラボ演出でセガのお馴染みのジングルが流されて、球場ビジョンにセガの会社ロゴ風の「SENGA」ロゴがビジョンに大きく映し出され、ドット絵のオバケのイラストも登場する[317]。千賀の投げるフォークは、ソフトバンク時代から「お化けフォーク」と名付けられていたが、メッツでも同様に「ghost fork」(ゴーストフォーク)と称されることに由来する[318]
  • MLBで使用するグラブにはフォークを手にしたゴーストの刺繍が施されている[319]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2012 ソフトバンク 2 2 0 0 0 0 1 0 0 .000 29 4.2 7 0 8 0 0 1 0 0 7 5 9.64 3.21
2013 51 0 0 0 0 1 4 1 17 .200 232 56.1 32 1 26 0 1 85 10 1 16 15 2.40 1.03
2014 19 0 0 0 0 1 1 0 3 .500 90 22.2 17 0 5 0 1 28 1 0 5 5 1.99 0.97
2015 4 3 0 0 0 2 1 0 0 .667 85 22.1 9 0 10 0 0 21 0 0 2 1 0.40 0.85
2016 25 25 3 0 0 12 3 0 0 .800 681 169.0 125 16 53 0 6 181 7 1 52 49 2.61 1.05
2017 22 22 0 0 0 13 4 0 0 .765 572 143.0 107 15 46 0 2 151 6 0 47 42 2.64 1.07
2018 22 22 1 1 1 13 7 0 0 .650 584 141.0 116 21 58 0 5 163 5 0 57 55 3.51 1.23
2019 26 26 2 2 0 13 8 0 0 .619 752 180.1 134 19 75 1 8 227 4 1 60 56 2.79 1.16
2020 18 18 1 0 0 11 6 0 0 .647 503 121.0 90 4 57 0 2 149 5 0 37 29 2.16 1.21
2021 13 13 0 0 0 10 3 0 0 .769 340 84.2 60 2 27 0 2 90 7 0 25 25 2.66 1.03
2022 22 22 1 0 0 11 6 0 0 .647 568 144.0 103 7 49 0 3 156 2 2 37 31 1.94 1.06
2023 NYM 29 29 0 0 0 12 7 0 0 .632 694 166.1 126 17 77 0 5 202 14 1 60 55 2.98 1.22
NPB:11年 224 153 8 3 1 87 44 1 20 .664 4436 1089.0 800 85 414 1 30 1252 47 5 345 313 2.59 1.11
MLB:1年 29 29 0 0 0 12 7 0 0 .632 694 166.1 126 17 77 0 5 202 14 1 60 55 2.98 1.22
  • 2023年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別投手(先発)成績所属リーグ内順位





















2012 20 パ・リーグ - - - - - - -
2013 21 - - - - - - -
2014 22 - - - - - - -
2015 23 - - - - - - -
2016 24 3位 - 3位 4位 5位 3位 2位
2017 25 - - 3位 1位 - 3位 5位
2018 26 5位 3位 3位 - 10位 - 2位
2019 27 1位 1位 2位 4位 1位 3位 1位
2020 28 4位 - 1位 4位 7位 1位 1位
2021 29 - - 5位 - - - -
2022 30 4位 - 3位 2位 8位 2位 3位
2023 31 ナ・リーグ - - - 9位 - 2位 8位
  • - は10位未満。防御率・勝率における規定投球回数未満も - と表記。
  • 太字年度は規定投球回到達年度

WBCでの投手成績










































2017 日本 4 1 1 1 0 41 11.0 7 0 1 0 1 16 0 0 1 1 0.82

オリンピックでの投手成績










































2021 日本 2 0 0 0 0 13 1 0 2 0 0 6 0 0 0 0 0.00

年度別守備成績



投手












2012 ソフトバンク 2 0 1 0 0 1.000
2013 51 0 14 0 1 1.000
2014 19 0 1 0 0 1.000
2015 4 0 3 0 0 1.000
2016 25 10 30 1 1 .976
2017 22 8 17 1 1 .962
2018 22 4 13 1 1 .944
2019 26 10 23 4 1 .892
2020 18 2 18 0 2 1.000
2021 13 8 7 0 0 1.000
2022 22 6 30 1 4 .973
2023 NYM 29 14 8 1 1 .957
NPB:11年 224 48 157 8 11 .962
MLB:1年 29 14 8 1 1 .957

タイトル

  • 最多勝利:1回(2020年)
  • 最優秀防御率:1回(2020年)
  • 最多奪三振:2回(2019年、2020年)
  • 最高勝率:1回(2017年)
※いずれも育成出身選手として史上初(最多勝利は同じく育成出身選手の石川柊太との同時受賞)

表彰

NPB
  • ベストナイン:2回(投手部門:2019年、2020年) ※2019年は育成出身投手初
  • ゴールデングラブ賞:2回(投手部門:2019年、2020年) ※2019年は育成出身投手初
  • 月間MVP:3回(投手部門:2018年8月、2019年5月、2019年6月)
  • 最優秀バッテリー賞:1回(2020年 捕手:甲斐拓也
  • 月間最優秀バッテリー賞:1回(2020年10月 捕手:甲斐拓也)
  • オールスターゲーム敢闘選手賞:1回(2013年第2戦)
国際大会
  • オールWBCチーム:1回(投手部門:2017年
その他

記録

NPB

初記録
投手記録
打撃記録
節目の記録
  • 1000奪三振:2020年11月4日、対千葉ロッテマリーンズ23回戦(ZOZOマリンスタジアム)、3回裏に荻野貴司から空振り三振 ※史上151人目、855回1/3イニングでの達成はパ・リーグ最速
  • 1000投球回:2022年5月13日、対北海道日本ハムファイターズ7回戦(札幌ドーム)、5回裏三死目に中島卓也を捕ゴロ ※史上362人目[327]
その他の記録

MLB

初記録
その他の記録

背番号

  • 128(2011年 - 2012年4月22日)
  • 21(2012年4月22日 - 同年終了)
  • 41(2013年 - 2022年)
  • 34(2023年 - )

登場曲

[329]

代表歴

関連情報

CM

著書

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ 『NPB育成ドラフト出身投手のオール先発によるシーズン10勝』『パ・リーグの育成ドラフト出身投手によるシーズン10勝』はいずれも史上初の記録となった[92]
  2. ^ 『育成ドラフト出身の先発投手』がファン投票でオールスターに選出されるのは史上初であった[109]
  3. ^ 『育成選手出身の2年連続2桁勝利』は史上初であった[113]
  4. ^ 育成選手出身でのノーヒットノーラン達成は史上初であり、令和初のノーヒットノーランでもあった[5]。毎回奪三振での達成はNPB史上初。また、球団でノーヒットノーランを達成したのは前身である南海軍時代、1943年5月26日の大和軍戦にて別所昭が達成して以来76年ぶり2人目であった[162]
  5. ^ 『日本シリーズ第1戦で3勝』は史上3人目のタイ記録となった[190]
  6. ^ 推定5年総額7500万ドルで、全チームへのトレード拒否権と2025年シーズン終了後にFAとなれるオプトアウト権を含まれている[254][255]
  7. ^ 育成ドラフト出身では山口鉄也に続いて史上2人目となるWBC代表入りとなった[274]

出典

  1. ^ 「Kodai Senga Contract Details, Salaries, & Earnings」(英語)、Spotrac。2023年12月21日閲覧
  2. ^ a b c d e f 「ソフトB千賀連勝運ぶ 新セットアッパー」日刊スポーツ、2013年4月30日。2021年4月9日閲覧
  3. ^ 「歴代最高の奪三振率「11.33」 鷹・千賀が語った“こだわり”と「足りないところ」」『Full-Count』2019年10月2日。2020年2月16日閲覧
  4. ^ 「NPB通算奪三振率ランキング、千賀滉大が野茂英雄を超えて歴代1位浮上」『SPAIA』2023年12月7日。2024年4月21日閲覧
  5. ^ a b c 安藤理「ソフトB・千賀、初尽くしノーヒットノーラン!令和初&育成出身初&毎回奪K初(1/3ページ)」『サンケイスポーツ』産業経済新聞社、2019年9月7日、1頁。2020年11月6日閲覧
  6. ^ 「投手三冠で沢村賞を逃したのは1人だけ。千賀滉大は2人目になる!?(宇根夏樹)」Yahoo!ニュース、2020年11月9日。2021年7月7日閲覧
  7. ^ 「千賀が育成出身最多53勝、立て直して山口鉄也超え」『日刊スポーツ』2019年8月10日。2019年8月11日閲覧
  8. ^ a b c d e 福岡吉央「ソフトバンク千賀3年ぶり3度目先発で通算3勝目」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2015年8月19日。2020年11月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年11月6日閲覧
  9. ^ 「福岡ソフトバンクホークス 投手 千賀滉大さん」東三河県庁のポータルサイト 穂っとネット東三河。2021年4月9日閲覧
  10. ^ a b 「育成指名から日本のエースへ!千賀滉大をプロ野球に導いた“意外な人物”【連載:ドラフト“隠し玉”ヒストリー】」『BASEBALL KING』2019年10月7日。2024年4月9日閲覧
  11. ^ 「【恩師が語る】ソフトバンク・千賀滉大 高校時代の〝エピソードゼロ〟」東スポ、2020年7月5日。2022年2月20日閲覧
  12. ^ a b 「恩師が語る千賀の育成法「エンジンは凄いけど車体は軽自動車だった」」Sponichi Annex、2017年3月16日。2022年2月20日閲覧
  13. ^ 「2010年夏の大会 第92回愛知大会 2回戦 蒲郡vs愛知商」『高校野球ドットコム』2010年7月19日。2020年6月27日閲覧
  14. ^ 「2010年第92回愛知県大会」『高校野球ドットコム』。2020年6月27日閲覧
  15. ^ 「ドラフト会議で高校生No.1捕手の山下選手ら11人の選手を指名」福岡ソフトバンクホークスオフィシャルサイト、2010年10月28日。2012年3月12日閲覧
  16. ^ 「“育成の星”ソフトバンク・千賀を発掘した幻の名スカウト」東京スポーツ、2017年4月20日。2017年8月17日閲覧
  17. ^ a b c d e 「脅威の奪三振率。ソフトバンク・千賀滉大こそ和製ライアンだ!(田尻耕太郎)」web Sportiva、2013年4月24日。2013年6月28日閲覧
  18. ^ 「2010年度の育成選手新入団発表を行いました」福岡ソフトバンクホークスオフィシャルサイト、2010年12月15日。2022年2月20日閲覧
  19. ^ 「千賀、甲斐は三軍から大化け。大道典良が明かすホークス育成法の秘密」web Sportiva、2020年4月15日。2022年2月20日閲覧
  20. ^ a b 「ソフトB育成2年目千賀、異例1軍抜てき」日刊スポーツ、2012年2月23日。2021年4月9日閲覧
  21. ^ 「26日OP戦登板 千賀」西日本スポーツ、2012年2月24日。2013年5月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年3月12日閲覧
  22. ^ 「ソフトバンク育成の千賀 3失点 ほろ苦いオープン戦初登板」Sponichi Annex、2012年2月26日。2022年2月20日閲覧
  23. ^ 「ソフトB千賀、左足首ひねって緊急降板」日刊スポーツ、2012年3月10日。2021年4月9日閲覧
  24. ^ 「ソフトB・千賀が「大出世」 エースナンバーを継承 鷹詞〜たかことば〜」『sportsnavi』Yahoo! JAPAN、2012年4月23日。2019年4月6日閲覧
  25. ^ 「【ソフトB】千賀が支配下契約128→21」日刊スポーツ、2012年4月23日。2021年4月9日閲覧
  26. ^ a b c 「ソフト千賀 1軍初登板は4回途中3失点」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2012年5月1日。2020年6月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧
  27. ^ a b 「2012年4月30日 【公式戦】 試合結果 (千葉ロッテvs福岡ソフトバンク)」日本野球機構。2022年2月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年2月20日閲覧
  28. ^ 「育成出身ソフトB千賀 プロ2度目の先発」日刊スポーツ、2012年5月11日。2022年2月20日閲覧
  29. ^ 「【ソフトB】千賀2試合連続で自滅降板」日刊スポーツ、2012年5月11日。2021年4月9日閲覧
  30. ^ 「2012年5月11日 【公式戦】 試合結果 (千葉ロッテvs福岡ソフトバンク)」日本野球機構。2022年2月20日閲覧
  31. ^ 「【ソフトB】千賀を登録、福田を抹消」日刊スポーツ、2012年7月25日。2022年2月20日閲覧
  32. ^ 「【ソフトB】大場を登録、千賀らを抹消」日刊スポーツ、2012年7月27日。2022年2月20日閲覧
  33. ^ 「2012年度 ウエスタン・リーグ 個人投手成績(規定投球回以上)」日本野球機構。2021年4月9日閲覧
  34. ^ 「中日ルーキー周平がウエスタン本塁打王」日刊スポーツ、2012年9月29日。2021年4月9日閲覧
  35. ^ 「【ソフトB】千賀は210万増の650万」日刊スポーツ、2012年11月22日。2022年2月20日閲覧
  36. ^ 「【ソフトB】岩崎「21」千賀「41」に変更」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2013年1月9日。2012年5月13日閲覧
  37. ^ 「ソフトB千賀「摂津カーブ」で先発争い」日刊スポーツ、2013年2月20日。2022年2月20日閲覧
  38. ^ 「ソフトB千賀 発熱登板回避で即2軍」日刊スポーツ、2013年3月3日。2022年2月20日閲覧
  39. ^ 「【ソフトB】千賀が発熱から復帰」日刊スポーツ、2013年3月10日。2022年2月20日閲覧
  40. ^ 「【ソフトB】千賀、中村ら/開幕登録一覧」日刊スポーツ、2013年3月27日。2022年2月20日閲覧
  41. ^ 「2013年3月31日 【公式戦】 試合結果 (福岡ソフトバンクvs東北楽天)」日本野球機構。2022年2月20日閲覧
  42. ^ 「2013年4月11日 【公式戦】 試合結果 (福岡ソフトバンクvsオリックス)」日本野球機構。2022年2月20日閲覧
  43. ^ a b 「ソフトB千賀プロ初勝利!武器は捕手も驚く「おばけ」フォーク」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン、2013年5月13日。2021年9月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧
  44. ^ a b 「千賀3試合連続失点&黒星 無失点止まってから壁に当たる」Sponichi Annex、2013年7月1日。2022年2月20日閲覧
  45. ^ 「【ソフトB】千賀やりがいある3ホールド」日刊スポーツ、2013年4月23日。2022年2月20日閲覧
  46. ^ 「ソフトB千賀、パ連続無失点タイ記録も」デイリースポーツ online、2013年6月27日。2013年6月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月9日閲覧
  47. ^ 「【ソフトB】2試合連続の救援失敗3連敗」日刊スポーツ、2013年6月26日。2021年4月9日閲覧
  48. ^ 「【ソフトB】14残塁&千賀打たれ4連敗」日刊スポーツ、2013年7月3日。2021年4月9日閲覧
  49. ^ 「【ソフトB】4連敗の千賀が2軍降格」日刊スポーツ、2013年7月4日。2021年4月9日閲覧
  50. ^ 「【ソフトB】千賀「120%の状態で戻る」」日刊スポーツ、2013年7月4日。2021年4月9日閲覧
  51. ^ 「【ソフトB】千賀1軍「整理できた」」日刊スポーツ、2013年7月14日。2022年2月20日閲覧
  52. ^ 「ソフト千賀三振宣言「狙いたい」/球宴」日刊スポーツ、2013年7月1日。2022年2月20日閲覧
  53. ^ 「2013年度マツダオールスターゲーム 試合結果(第2戦)」日本野球機構。2021年4月9日閲覧
  54. ^ 「マツダオールスターゲーム2013 表彰選手(第2戦)」日本野球機構。2021年4月9日閲覧
  55. ^ 「長谷川 3安打 千賀とコンビで敢闘賞受賞」『スポーツニッポン』サンケイスポーツ、2013年7月21日。2021年4月9日閲覧
  56. ^ a b 「【ソフトB】千賀初S「抑えてやろうと」」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2013年7月27日。2022年2月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年2月20日閲覧
  57. ^ 「【ソフトB】秋山監督「守り切れないな」」日刊スポーツ、2013年8月7日。2022年2月20日閲覧
  58. ^ 「ソフトB投壊10失点 天敵ダックKOも…」日刊スポーツ、2013年8月12日。2022年2月20日閲覧
  59. ^ 「【ソフトB】千賀左脇腹肉離れか、抹消へ」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2013年9月4日。2013年9月7日閲覧
  60. ^ 「ソフトB千賀 左脇腹肉離れで今季絶望的」日刊スポーツ、2013年9月7日。2021年4月9日閲覧
  61. ^ a b 「5倍増以上!「“3”千賀はいきました」」日刊スポーツ、2013年12月10日。2021年4月9日閲覧
  62. ^ a b 「千賀408%アップ3300万円 先発再転向を直訴」Sponichi Annex、2013年12月10日。2022年2月20日閲覧
  63. ^ 「【ソフトB】千賀、初のA組春季キャンプ」日刊スポーツ、2014年1月30日。2021年4月9日閲覧
  64. ^ 「ソフトB千賀 復調をアピール」日刊スポーツ、2014年2月18日。2021年4月9日閲覧
  65. ^ 「ソフトB千賀 ブルペン当落線上から前進」日刊スポーツ、2014年3月19日。2022年2月20日閲覧
  66. ^ a b 「ソフトB千賀1軍昇格「自分見つめ直せた」」日刊スポーツ、2014年4月4日。2022年2月20日閲覧
  67. ^ 「ソフトB中継ぎ層厚すぎ!?千賀開幕2軍」日刊スポーツ、2014年3月25日。2021年4月9日閲覧
  68. ^ 「2014年5月7日 【公式戦】 試合結果 (福岡ソフトバンクvs北海道日本ハム)」日本野球機構。2022年2月20日閲覧
  69. ^ 「ソフトB千賀1勝も「期待裏切っている」」日刊スポーツ、2014年5月23日。2021年4月9日閲覧
  70. ^ 「ソフトB千賀 離脱長期化も」日刊スポーツ、2014年6月24日。2021年4月9日閲覧
  71. ^ 「千賀が投球練習再開」西日本スポーツ、2014年12月23日。2014年12月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月9日閲覧
  72. ^ 「右肩故障響き800万円ダウン 千賀」西日本スポーツ、2014年12月5日。2016年2月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  73. ^ 「千賀 ゆるキャラ カーブ解禁 先発再転向へ剛腕新スタイル」西日本スポーツ、2015年1月16日。2016年3月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  74. ^ 「ソフトバンク千賀 復活手応え90球」日刊スポーツ、2015年1月29日。2021年4月9日閲覧
  75. ^ a b 「PS活躍も現状維持 来季は先発一本強調 千賀」西日本スポーツ、2015年12月8日。2016年4月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  76. ^ 「ソフトB 千賀が8回1安打無失点で今季2勝目!サファテ40S」Sponichi Annex、2015年9月20日。2022年2月20日閲覧
  77. ^ 「中継ぎで待機へ 千賀」西日本スポーツ、2015年9月25日。2016年4月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  78. ^ 「今季初救援3回を零封 連続無失点18イニングに 千賀」西日本スポーツ、2015年9月26日。2016年4月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  79. ^ 「ソフトバンク千賀ふくらはぎつり5回途中で降板」日刊スポーツ、2015年10月1日。2022年2月20日閲覧
  80. ^ 「千賀CS先発急浮上 きょう紅白戦で判断」西日本スポーツ、2015年10月8日。2016年4月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  81. ^ 「ソフトバンク千賀がCS秘密兵器「どこでも投げる」」日刊スポーツ、2015年10月8日。2021年4月9日閲覧
  82. ^ 「ソフトバンク工藤監督 短期決戦モードの継投」日刊スポーツ、2015年10月15日。2021年4月9日閲覧
  83. ^ 「ソフトバンク千賀救った 22歳剛腕が2回完全救援」日刊スポーツ、2015年10月17日。2021年4月9日閲覧
  84. ^ 「ソフトバンク千賀、山田に逆転被弾 試合後は無言…」日刊スポーツ、2015年10月27日。2021年4月9日閲覧
  85. ^ 「ソフトバンク千賀「良かった」前夜の仕返し2回0封」日刊スポーツ、2015年10月28日。2021年4月9日閲覧
  86. ^ 「ソフトバンク千賀が結婚 V旅行にも同伴14日入籍」日刊スポーツ、2015年12月27日。2021年4月9日閲覧
  87. ^ 「千賀「結果も内容も」 きょう虎戦先発 4回予定」西日本スポーツ、2016年3月3日。2017年7月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  88. ^ 「ソフトバンク千賀が今季初勝利も納得できず「何も」」日刊スポーツ、2016年3月30日。2021年4月9日閲覧
  89. ^ a b 「ソフトバンク千賀プロ初完投 135球10K2勝目」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2016年4月14日。2020年6月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月9日閲覧
  90. ^ 「ソフトバンク千賀8回0封、無傷の開幕8連勝」日刊スポーツ、2016年7月13日。2022年2月20日閲覧
  91. ^ 「ソフトバンク千賀、今季初黒星 13三振も5失点」日刊スポーツ、2016年8月6日。2021年4月9日閲覧
  92. ^ 「ソフトバンク千賀10勝!パ初の育成先発で2桁勝利」日刊スポーツ、2016年8月6日。2021年4月9日閲覧
  93. ^ 「ソフトバンク千賀が育成最多12勝 工藤監督も称賛」日刊スポーツ、2016年9月4日。2021年4月9日閲覧
  94. ^ a b 「ソフトバンク千賀4000万増「来年も2桁勝利」」日刊スポーツ、2016年12月16日。2021年8月7日閲覧
  95. ^ 「2016年度 パシフィック・リーグ 個人投手成績(規定投球回以上)」日本野球機構。2022年2月20日閲覧
  96. ^ 「千賀「流れつくる」 育成入団初のCS先発」西日本スポーツ、2016年10月8日。2017年1月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  97. ^ 「ソフトB千賀 大役全う 初CS初開幕初回2被弾も崩れず7回12K」Sponichi Annex、2016年10月9日。2022年2月20日閲覧
  98. ^ 「ソフト崖っ縁 千賀重すぎる4失点「よーいドンで…申し訳ない」」Sponichi Annex、2016年10月15日。2022年2月20日閲覧
  99. ^ a b 「侍でただ一人 千賀がベストナインに」西日本スポーツ、2017年3月24日。2017年5月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  100. ^ 「開幕ローテ決定」西日本スポーツ、2017年3月26日。2017年3月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  101. ^ 「千賀まさか…4回7失点KO WBCの快投から一転悔投」西日本スポーツ、2017年4月5日。2017年5月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  102. ^ 「史上初の育成先発バッテリー勝利 千賀「拓也のおかげ。刺してくれたのも、リードも」」西日本スポーツ、2017年4月12日。2020年6月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  103. ^ 「千賀5連勝「相手は金子投手。ピシャッといこうと」8回1失点13K」西日本スポーツ、2017年5月9日。2017年5月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  104. ^ 「千賀が9球で降板 背部に違和感、病院直行」西日本スポーツ、2017年5月17日。2017年5月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  105. ^ 「千賀軽症 大きな異常なし、左背部張り「緩んだ」」西日本スポーツ、2017年5月18日。2017年5月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  106. ^ 「千賀おとこ気の8回続投 脚つりかけても「いけます」」西日本スポーツ、2017年5月29日。2017年5月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  107. ^ 「千賀 交流戦初黒星」西日本スポーツ、2017年6月5日。2017年6月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  108. ^ 「ソフトバンク千賀が背中張りで抹消、状態回復を優先」日刊スポーツ、2017年6月8日。2017年11月28日閲覧
  109. ^ 「千賀、育成出身初!先発トップ当選!!」西日本スポーツ、2017年6月27日。2017年6月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  110. ^ 「ホークス千賀、復帰戦は4回4失点 ウィーラーに痛恨被弾」西日本スポーツ、2017年7月1日。2017年7月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  111. ^ 「ホークス千賀、球宴先発 「お化けフォーク」名古屋に里帰り」西日本スポーツ、2017年7月14日。2017年7月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  112. ^ 「ホークス千賀、球宴先発で2回無安打 父母ら見守る地元愛知で「本塁打打たれなくてよかった~」」西日本スポーツ、2017年7月15日。2017年7月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  113. ^ 「ホークス千賀10勝 育成出身初の2年連続」西日本スポーツ、2017年8月13日。2017年8月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  114. ^ 「ソフトB止まらん8連勝でM6!千賀、雪辱の自己最多13勝」Sponichi Annex、2017年9月10日。2022年2月20日閲覧
  115. ^ 「ホークス千賀6回投げ切れば規定投球回に」『西日本スポーツ』2017年10月6日。2017年10月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  116. ^ 「ホークス千賀「強運」初タイトル リード許し降板も黒星消える 9回2死から上林が同点打」西日本スポーツ、2017年10月6日。2024年1月2日閲覧
  117. ^ 「ソフトB千賀、勝率第1位で欲「来年は防御率」」西日本スポーツ、2017年11月21日。2020年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  118. ^ a b 「千賀滉大 プロフィール (PDF)」『愛知県蒲郡市』。2024年4月20日閲覧
  119. ^ 「ソフトB千賀、相手主将にやられた 適時打浴び6回1/3、2失点」西日本スポーツ、2017年10月20日。2017年10月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  120. ^ 「ソフトB千賀 日本S初星 育成出身初!!シリーズ初戦先発」西日本スポーツ、2017年11月21日。2020年6月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  121. ^ 「“フォークお化け”千賀 PS初勝利「やれること全てやった」」Sponichi Annex、2017年10月29日。2022年2月20日閲覧
  122. ^ 「ソフトバンク千賀、1億突破 来季最優秀防御率獲る」日刊スポーツ、2017年12月22日。2017年12月24日閲覧
  123. ^ 「ソフトB千賀、ポスティングでメジャー直訴 契約更改時球団に要望していた」西日本スポーツ、2017年12月28日。2018年6月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  124. ^ 「ソフトB千賀 育成初の開幕投手 工藤監督指名「ホークスを引っ張って」」Sponichi Annex、2018年2月20日。2022年2月20日閲覧
  125. ^ 「ソフトバンク千賀7回0封で貢献「チームも勝てた」」日刊スポーツ、2018年3月30日。2019年4月8日閲覧
  126. ^ 「ソフトB千賀 猛省6失点KO「本当に悔しい。情けない」」Sponichi Annex、2018年4月7日。2022年2月20日閲覧
  127. ^ 「ソフトB千賀、右肘周辺の張りで登録抹消 工藤監督「良い状態で帰ってきて」」Sponichi Annex、2018年4月7日。2022年2月20日閲覧
  128. ^ 「ソフトB 千賀が今季初勝利「まだ探り探り」」Sponichi Annex、2018年5月2日。2022年2月20日閲覧
  129. ^ 「ソフトB千賀、もう仙台“鬼門”と呼ばせない!7回1失点、耐えて3連勝」西日本スポーツ、2018年5月16日。2022年2月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  130. ^ 「ソフトB千賀また抹消、右前腕張りで今季2度目 4番内川に続き開幕投手も離脱」西日本スポーツ、2018年5月19日。2018年5月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  131. ^ 「ソフトB千賀、復帰星も「悔しさと反省ばかり」 降板時の不満顔の背景」西日本スポーツ、2018年6月2日。2018年6月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  132. ^ 「ソフトB千賀5回11K! 自分へのリベンジ5勝 工藤監督認めた“変化”」西日本スポーツ、2018年6月16日。2018年6月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  133. ^ 「ソフトB千賀が登録抹消 26日からの日本ハム戦先発へ」西日本スポーツ、2018年6月17日。2018年6月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  134. ^ 「ソフトバンク・千賀、チームの連敗止める今季6勝目!西田、古巣相手に今季1号ソロ」Sponichi Annex、2018年7月3日。2022年2月20日閲覧
  135. ^ 「ソフトB工藤監督、千賀抹消は「後半戦を見据えて」 右肩周辺のコンディション不安」西日本スポーツ、2018年7月5日。2022年2月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  136. ^ 「ソフトB千賀、今季2度目“開幕投手” 充電バッチリ、西武の最強打線封じる」西日本スポーツ、2018年7月16日。2018年7月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  137. ^ 「ソフトB千賀、チームトップタイの7勝目 初球に154キロ、ヤフオクDにどよめき」西日本スポーツ、2018年7月17日。2018年7月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  138. ^ a b 「鷹千賀プロ初完封で確信?ノーノーは「僕には無理」」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2018年8月17日。2019年4月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年4月8日閲覧
  139. ^ 「千賀投手が「月間MVP」!育成出身&自身初」福岡ソフトバンクホークス、2018年9月11日。2024年1月2日閲覧
  140. ^ 「ソフトB千賀、喜べない史上初快挙 2度目1イニング4Kも…天王山で7失点」西日本スポーツ、2018年9月15日。2018年9月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  141. ^ 「ソフトB千賀13勝、自己最多タイ 規定投球回には届かず」西日本スポーツ、2018年10月6日。2018年10月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  142. ^ 「ソフトB千賀「余計な球が多かった」 テンポの悪さ悔やむ 6回2失点111球」西日本スポーツ、2018年10月15日。2018年10月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  143. ^ 「ソフトB千賀「意地」見せた 鬼門メット、CSで初勝利」西日本スポーツ、2018年10月20日。2018年10月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  144. ^ 「ソフトBはCS再現へ早め継投 厚い選手層生かす」西日本スポーツ、2018年10月27日。2018年10月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  145. ^ 「ソフトB千賀、初回の失点悔やむ 4回を2失点」西日本スポーツ、2018年10月28日。2022年2月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  146. ^ 「5回2死で千賀交代 8回2死で森投入の理由/工藤監督一問一答 日本シリーズ第5戦」西日本スポーツ、2018年11月2日。2018年11月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  147. ^ 「ソフトバンク千賀3500万増 再び米挑戦の話も」日刊スポーツ、2018年12月28日。2019年4月8日閲覧
  148. ^ 「ソフトバンク千賀が2年連続の開幕投手 工藤監督明言「おまえに託した」」西日本スポーツ、2019年2月25日。2022年2月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  149. ^ 「ソフトバンク千賀、いきなり自己最速更新の158キロ」西日本スポーツ、2019年3月2日。2022年2月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  150. ^ 「ソフトB千賀3月0封 自己最速また更新159キロ 3・29へ仕上がり完璧」西日本スポーツ、2019年3月23日。2019年3月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  151. ^ 「ソフトB千賀161キロ、日本人2位タイ 獅子脅し打線を圧倒」西日本スポーツ、2019年3月30日。2019年3月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  152. ^ 「ソフトB千賀開幕投手の意地、志願の“完投” 129球熱投も初星ならず」西日本スポーツ、2019年4月6日。2019年4月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  153. ^ 「ソフトB打線冷タカった 残雪の仙台、前夜の勢い凍る!?」西日本スポーツ、2019年4月13日。2019年4月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  154. ^ 「ソフトバンク千賀、鬼門メットライフDで初白星 リーグトップ43K 工藤監督も絶賛」西日本スポーツ、2019年4月20日。2019年4月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  155. ^ 「ソフトB千賀、雨にも負けず火の国で火の玉5勝目」西日本スポーツ、2019年5月19日。2019年5月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  156. ^ 「ソフトバンク千賀、今季初黒星に「自分の責任」」日刊スポーツ、2019年5月31日。2024年1月2日閲覧
  157. ^ 「ソフトバンク千賀「びっくり」2度目の月間MVP」西日本スポーツ、2019年6月11日。2022年2月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  158. ^ 「ホークス千賀、2か月連続の月間MVP受賞「今月のほうがびっくりしている」」Full-Count、2019年7月9日。2024年1月2日閲覧
  159. ^ 「ホークスから3選手、ファン投票で球宴へ」福岡ソフトバンクホークス、2019年6月24日。2024年1月2日閲覧
  160. ^ 「ソフトバンク千賀MAX156キロ「大したことなくて申し訳ない」」西日本スポーツ、2019年7月13日。2022年2月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  161. ^ 「ソフトバンク千賀今季チーム初完封 2安打!”志願”の135球!!」西日本スポーツ、2019年8月3日。2019年11月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  162. ^ 「【独占手記】ソフトバンク千賀激白 お化けフォーク操れず苦悩も…丸封じまでつながった「新球」」『西日本スポーツ』西日本新聞社、2019年10月24日。2020年8月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  163. ^ 「ソフトB・千賀“ほぼ倍増”3億円!エース査定で育成出身2人目「濃い一年」」Sponichi Annex、2019年12月24日。2022年2月20日閲覧
  164. ^ 「最多Kの千賀「則本さんの記録意識」奪三振率も驚異的」西日本スポーツ、2019年9月30日。2022年2月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  165. ^ 「ソフトバンク千賀4被弾 エース対決、打ち砕かれた PO&CSワーストタイ」西日本スポーツ、2019年10月6日。2022年2月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  166. ^ 「ソフトバンク千賀が予告通りの快投 日本S王手に導いたエースの思考」西日本スポーツ、2019年10月12日。2022年2月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  167. ^ 「ソフトB千賀、7回1失点!3年連続シリーズ開幕投手で力投「とにかく初戦勝てるようにと」」Sponichi Annex、2019年10月19日。2022年2月20日閲覧
  168. ^ 「鷹・千賀「全く違う評価を」 同じ13勝でも昨オフ3500万円増、今オフ1.4億円増はなぜ?」Full-Count、2019年12月23日。2022年3月13日閲覧
  169. ^ 「ソフトバンク千賀「えっ?」 史上初の肩書ついたゴールデングラブ賞」西日本スポーツ、2019年11月1日。2019年12月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  170. ^ 「パ・リーグベストナイン投票全結果…ソフトB千賀は育成出身投手として初の受賞」Sponichi Annex、2019年11月20日。2022年2月20日閲覧
  171. ^ 「ソフトバンク千賀1・4億増4億円更改 米挑戦希望」日刊スポーツ、2019年12月23日。2021年8月7日閲覧
  172. ^ 「ソフトバンク千賀は別メニュー継続「頑張って抑えている」心境明かす」西日本スポーツ、2020年2月2日。2022年2月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  173. ^ 「工藤ホークス非常事態、開幕投手が決められない 千賀異変で登板白紙」西日本スポーツ、2020年2月25日。2022年2月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  174. ^ 「ソフトバンク千賀がリハビリ組合流「特に話すことはないです」ノースロー継続」西日本スポーツ、2020年2月29日。2022年2月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  175. ^ 「ソフトバンクの現状だけ考えれば…「プラスでしかない」開幕延期」西日本スポーツ、2020年3月11日。2020年3月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  176. ^ 「ソフトバンク千賀、開幕不在 リハビリ組、現状はローテ候補外」西日本スポーツ、2020年5月27日。2022年2月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  177. ^ 「ソフトバンク千賀161キロ勝利 楽天追撃へ復活」『日刊スポーツ』2020年7月8日。2021年4月9日閲覧
  178. ^ 「柳田のカツ、自問自答…苦悩を深める千賀 工藤監督は復調を待ち続ける」西日本スポーツ、2020年8月19日。2020年9月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  179. ^ 「「言い訳せず」ソフトバンク千賀、苦闘の末につかんだエースとしての1勝」西日本スポーツ、2020年8月26日。2022年6月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  180. ^ 「吠えたソフトバンク千賀の胸中 またエースとまた呼んでもらえるように」西日本スポーツ、2020年9月9日。2022年2月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  181. ^ 「鷹・千賀滉大、防御率トップに! 7回零封で規定投球回到達、39回自責点なし」『Full-Count』2020年11月4日。2021年4月9日閲覧
  182. ^ 「ソフトバンク千賀、投手3冠ならパでは斉藤和巳以来」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2020年11月4日。2020年11月4日閲覧
  183. ^ 「強力ソフトバンク投手陣 引っ張った千賀と東浜の存在感」西日本スポーツ、2020年10月28日。2020年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  184. ^ 「育成から投手3冠 ソフトバンク千賀「全然実感ない」」西日本スポーツ、2020年11月9日。2020年11月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  185. ^ 「涌井3球団最多勝は史上初、千賀3冠は史上20人目」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2020年11月9日。2020年11月10日閲覧
  186. ^ 「ソフトバンク千賀、奪三振数はCS歴代1位 10戦連続でクオリティースタート」西日本スポーツ、2020年11月14日。2022年2月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  187. ^ 「ソフトバンク千賀が堀内恒夫以来の栄誉 4年連続日本シリーズ開幕投手」西日本スポーツ、2020年11月20日。2022年2月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  188. ^ 「ソフトバンク千賀好投に父「大人になりましたね」」『日刊スポーツ』2020年11月21日。2021年4月9日閲覧
  189. ^ 「背番号物語【背番号物語】ソフトバンク「#41」千賀滉大の背番号は投手の出世ナンバー? 南海には内野手の“隠し球”も」週刊ベースボール、2021年2月20日。2022年3月13日閲覧
  190. ^ 「ソフトバンク千賀の日本Sレア記録 堀内恒夫&渡辺久信に続き3人目」西日本スポーツ、2020年11月22日。2020年11月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  191. ^ 「千賀270万→4億円 年俸148倍はイチロー超え」日刊スポーツ、2020年12月27日。2021年8月7日閲覧
  192. ^ 「ソフトバンク・千賀は開幕白紙 両ふくらはぎ痛のエースに工藤監督「プランを立てていないのが、現状」」Sponichi Annex、2021年2月10日。2022年2月20日閲覧
  193. ^ 「ソフトバンク千賀、仰天の平均球速 新球も それでも工藤監督「もう消しています」」西日本スポーツ、2021年3月13日。2021年3月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  194. ^ 「ソフトバンク千賀 連敗ストップへ6日今季初登板「良い流れに」」西日本スポーツ、2021年4月5日。2022年2月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  195. ^ 「緊急降板のソフトバンク千賀、復帰時期は未定 左足首捻挫も早期復帰に意欲示す」『西日本スポーツ』2021年4月7日。2021年4月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  196. ^ 「左足首捻挫で登録抹消のソフトバンク千賀の状態 工藤監督「折れてないと思う」」西日本スポーツ、2021年4月8日。2022年2月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  197. ^ 「ソフトバンク千賀、左足首の靱帯損傷が判明 復帰まで2~3カ月…東京五輪出場は困難か」西日本スポーツ、2021年4月10日。2022年12月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  198. ^ 「千賀靱帯損傷、復帰まで2~3か月 シーズン前半絶望的、五輪出場も厳しい」『日刊スポーツ』2021年4月10日。2021年4月11日閲覧
  199. ^ 「千賀、球宴前の1軍復帰視野 試運転で158キロ」西日本スポーツ、2021年6月18日。2021年6月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  200. ^ 「ソフトバンク千賀滉大が大炎上 復帰登板で自己ワースト3回途中10失点」日刊スポーツ、2021年7月6日。2021年7月7日閲覧
  201. ^ 「東京五輪日本代表の千賀が登録抹消 工藤監督「少し時間をかけた方がいい」」西日本スポーツ、2021年7月9日。2021年7月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  202. ^ 「後半戦4戦4勝 千賀、快投の裏に試合直前の「ひと工夫」」西日本スポーツ、2021年9月9日。2022年2月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  203. ^ 「背水ソフトバンクなりふり構わず奇跡起こす 森&モイネロ3連投、千賀三たび中5日」西日本スポーツ、2021年9月18日。2022年2月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  204. ^ 「2年ぶり中4日ソフトバンク千賀が3敗目 6回93球粘投及ばず「2点目が…」」西日本スポーツ、2021年10月3日。2022年2月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  205. ^ 「ソフトバンク・千賀が6回3失点で10勝目!6年連続2ケタ勝利」BASEBALL KING、2021年10月25日。2022年3月13日閲覧
  206. ^ 「千賀6年連続10勝の原点「本当に懐かしい」工藤監督1年目秋の光景」西日本スポーツ、2021年10月26日。2021年10月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  207. ^ 「【2021主力選手通信簿|ソフトバンク】不振&故障者続出でまさかの低評価。柳田も“彼基準”からすれば物足りない<SLUGGER>」THE DIGEST、2021年12月3日。2022年2月20日閲覧
  208. ^ 「千賀が国内FA権取得「これからしっかり考えたい」」西日本スポーツ、2021年10月19日。2021年10月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  209. ^ 「ソフトバンク三笠GM「話し合って至った結論」米希望の千賀へ異例待遇」日刊スポーツ、2021年12月5日。2021年12月5日閲覧
  210. ^ 「ソフトバンク千賀5年契約 来季にも海外FA権取得で米移籍可能の内容 年俸6億」西日本スポーツ、2021年12月5日。2022年2月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  211. ^ 「ソフトバンク開幕投手は千賀滉大「エースなので」と藤本監督 3年ぶり3度目 相手はビッグボス」日刊スポーツ、2022年2月15日。2022年3月26日閲覧
  212. ^ 「ソフトバンク千賀が登板回避 コロナ濃厚接触者の可能性で」西日本新聞me、2022年3月5日。2024年1月2日閲覧
  213. ^ 「開幕投手の千賀13日ぶり実戦へ「ほぼ初の神宮楽しめたら」」西日本スポーツ、2022年3月11日。2022年3月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  214. ^ 「「もういいです」千賀72球で感じた「圧倒的キャリアハイ」への手応え」西日本スポーツ、2022年3月19日。2022年3月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  215. ^ 「ソフトバンク・千賀が7回1失点の好投も反省「頭をしっかり整理して次に向けて準備したい」」東スポ、2022年3月25日。2022年3月26日閲覧
  216. ^ 「ソフトB新助っ人・ガルビス「信じられない」逆転満弾で開幕戦6連勝!初陣・藤本監督に初白星プレゼント」Sponichi Annex、2022年3月26日。2022年3月26日閲覧
  217. ^ 「千賀ほえた!7回2死満塁マルモレホス斬り!8回9K無失点で今季初勝利 ソフトバンク開幕7連勝」Sponichi Annex、2022年4月1日。2024年1月2日閲覧
  218. ^ 「【ソフトバンク】千賀滉大7回無失点で無傷3勝目「内容的には渋い感じあった」7Kで寄せつけず」日刊スポーツ、2022年4月14日。2022年8月7日閲覧
  219. ^ a b 「ソフトB・千賀8回1失点14Kの力投実らず今季初黒星 通算1000投球回、初回に自己最速164キロも」Sponichi Annex、2022年5月13日。2022年8月7日閲覧
  220. ^ 「鷹・千賀“サッポロ奪三振ショー”の理由 よみがえった「甲斐泣かせ」のお化けフォーク」東スポ、2022年5月14日。2022年8月7日閲覧
  221. ^ 「千賀「キャッチャーの拓也に申し訳ない」 4回4失点ともに交代 2連敗」西日本スポーツ、2022年5月20日。2022年5月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  222. ^ 「ソフトバンク千賀、右肘の張りで抹消 次回登板日について藤本監督が言及」西日本スポーツ、2022年5月21日。2022年8月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  223. ^ 「投げて打って体がつった!エース千賀滉大が地元で二刀流の独り舞台」西日本スポーツ、2022年6月4日。2022年6月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  224. ^ 「鷹・千賀滉大、右肘の張りで緊急降板 藤本監督「握力が入らなくなった」」Full-Count、2022年6月24日。2022年8月7日閲覧
  225. ^ 「ソフトB・千賀 再び登録抹消 24日の試合で右肘に張り訴え降板」Sponichi Annex、2022年6月26日。2022年8月7日閲覧
  226. ^ 「「センキュー佑京って感じ」失策でパーフェクト途切れた千賀滉大が周東佑京に感謝したわけ」西日本スポーツ、2022年7月14日。2022年7月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  227. ^ 「ソフトB・千賀 8回無失点で今季8勝目!甲斐の先制打に笑顔「久しぶりに打ってくれて嬉しかった」」Sponichi Annex、2022年7月21日。2022年8月7日閲覧
  228. ^ 「ソフトバンク、歴史的な「混パ」で減らすのはミス、増やすのは貯金 エース千賀で後半戦スタート」西日本スポーツ、2022年7月29日。2022年8月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  229. ^ 「ソフトバンクが首位陥落 千賀が5回5失点で4敗目 藤本監督「明日、やり直すしかない」」デイリースポーツ、2022年7月29日。2022年8月7日閲覧
  230. ^ 「【ソフトバンク】千賀滉大コロナ陽性 発熱、喉の違和感、倦怠感で自主隔離 濃厚接触疑い者なし」日刊スポーツ、2022年8月4日。2022年8月7日閲覧
  231. ^ 「【公示】4日陽性判定のソフトバンク千賀投手が登録抹消 代替指名選手に杉山投手」日テレNEWS NNN、2022年8月5日。2024年1月2日閲覧
  232. ^ 「千賀が23日ぶり実戦で158キロ! 2軍戦で4回無失点、26日のハム3連戦から1軍復帰へ」西日本スポーツ、2022年8月21日。2022年8月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  233. ^ 「ソフトバンク藤本監督「継投でノーノー」リベンジ誓う 久々先発の千賀滉大には球数制限」西日本スポーツ、2022年8月28日。2022年8月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  234. ^ 「メジャー8球団が復活勝利に熱視線 千賀滉大が次に狙う「ひげのエース」以来の勲章」西日本スポーツ、2022年8月29日。2022年9月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  235. ^ 「わずか1日で首位奪い返した 千賀滉大は7年連続の快挙も「普通に投げれば」と涼しい顔」西日本スポーツ、2022年9月11日。2022年9月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  236. ^ 「「感情は勝手に出るもの。ずっと冷静」千賀滉大は終始クールにロッテ噛みつくした」西日本スポーツ、2022年9月26日。2022年10月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  237. ^ 「【ソフトバンク】胴上げ”お預け”も優勝マジック『1』、10・1西武戦エース・千賀で決める」中日スポーツ、2022年9月30日。2022年10月3日閲覧
  238. ^ 「「僕がやらなくちゃ」千賀、大一番に中5日先発 きょう西武戦」西日本スポーツ、2022年10月1日。2022年10月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  239. ^ 「「話せることがありません」千賀滉大悔しさあらわ 7回1失点でも、2年ぶり規定投球回到達でも」西日本スポーツ、2022年10月1日。2022年10月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  240. ^ 「鷹、サヨナラ負けにバッテリーが号泣 山川に痛恨被弾…一転してV逸に直面」Full-Count、2022年10月1日。2022年10月3日閲覧
  241. ^ 「ソフトバンク優勝マジック1から悪夢のV逸 M点灯からの足取り」西日本スポーツ、2022年10月2日。2022年10月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  242. ^ 「2022年度 パシフィック・リーグ 個人投手成績(規定投球回以上)」日本野球機構。2022年10月3日閲覧
  243. ^ 「2022年度 パシフィック・リーグ 【防御率】 リーダーズ(投手部門)」日本野球機構。2022年10月3日閲覧
  244. ^ 「2分の囲み取材で6度連呼 藤本監督がエース千賀滉大に託したあの男退治」西日本スポーツ、2022年10月8日。2022年10月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  245. ^ 「ソフトバンク5回守備で二死を追うものは一死も得ず、ワンミスから2失点を許す」Sponichi Annex、2022年10月8日。2022年10月16日閲覧
  246. ^ a b 「ソフトバンク・千賀「ゼロで帰ろうと」 細心の注意払い8回のピンチ凌ぐ」BASEBALL KING、2022年10月8日。2022年10月16日閲覧
  247. ^ 「【ソフトバンク】千賀滉大「あと1回いかせて下さい」エースの責任感で志願の続投 最終S進出王手」スポーツ報知、2022年10月9日。2022年10月16日閲覧
  248. ^ 「【ソフトバンク】痛恨連敗で突破崖っぷち、残り4戦4勝が絶対条件 中5日エース千賀に託す」日刊スポーツ、2022年10月13日。2022年10月16日閲覧
  249. ^ 「崖っぷちのソフトバンクにエースの意地 千賀滉大、160キロ連発で奪三振ショー」西日本スポーツ、2022年10月14日。2022年10月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  250. ^ 「千賀 窮地のソフトバンク救った「もう後がなかったので、少し緊張していた」奇跡4連勝の突破へつなぐ」Sponichi Annex、2022年10月15日。2022年10月16日閲覧
  251. ^ 「終戦直後の断言「FA権行使絶対します」千賀滉大尽きぬメジャーへの思い」西日本スポーツ、2022年10月16日。2022年10月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  252. ^ 「【ソフトバンク】千賀滉大が海外FA権の行使を明言「変わることはない。行使は絶対します」」『日刊スポーツ』2022年10月15日。2022年10月16日閲覧
  253. ^ 「NPBがFA宣言選手を公示 ソフトバンク・千賀、日本ハム・近藤 国内では森ら」デイリースポーツ、2022年11月10日。2022年12月18日閲覧
  254. ^ Anthony DiComo「Mets finalize 5-year deal with RHP Senga」『MLB.com』(英語)、2022年12月18日。2022年12月21日閲覧
  255. ^ 「「大リーガー千賀滉大」ついに現実へ ソフトバンク球団に訴え続けた「夢」」西日本スポーツ、2022年12月11日。2022年12月18日閲覧
  256. ^ a b 「Mets sign RHP Kodai Senga」『MLB.com』(英語)、2022年12月18日。2022年12月21日閲覧
  257. ^ 「メッツが千賀滉大との5年契約を正式発表 オーナー「非常にうれしく」、GM「何年も前から注目」」スポーツ報知、2022年12月18日。2022年12月18日閲覧
  258. ^ Anthony DiComo「Senga acclimating quickly, meets New York media」『MLB.com』(英語)、2022年12月20日。2022年12月21日閲覧
  259. ^ a b 山田結軌、竹濱江利子「千賀滉大が熱望 シャーザー&バーランダーと世界一! WBCでも途中参戦で世界一!!」『サンスポ』2022年12月20日。2022年12月21日閲覧
  260. ^ 「千賀滉大が背番号「34」を選んだワケ 異例の試み「決め手がなかったので…」」Full-Count、2022年12月20日。2022年12月20日閲覧
  261. ^ 「【入団会見一問一答】千賀滉大「レジェンドであるシャーザーやバーランダーという2人の存在が大きかった」」『サンケイスポーツ』2022年12月20日。2024年4月20日閲覧
  262. ^ 「千賀滉大、WBC不参加が決定 調整の難しさに配慮…栗山監督が“親心”で決断」『Full-Count』2023年1月28日。2023年3月13日閲覧
  263. ^ 「千賀滉大、メジャー初登板初勝利 6回途中1失点、“お化けフォーク”で8奪三振」『Full-Count』Creative2、2023年4月3日。2023年4月3日閲覧
  264. ^ Theo DeRosa「5 pitchers named as All-Star Game replacement players」『MLB.com』(英語)、2023年7月8日。2023年7月9日閲覧
  265. ^ a b Jay Paris「Senga added to NL All-Star roster, will join Alonso in Seattle」『MLB.com』(英語)、2023年7月8日。2023年7月9日閲覧
  266. ^ 「千賀滉大は野茂英雄、斎藤隆、ダルビッシュに次いで日本人ルーキー4人目の得票 サイ・ヤング賞」『日刊スポーツ』2023年11月16日。2023年11月18日閲覧
  267. ^ 「Year-by-Year Top-Tens Leaders & Records for Hits per 9 IP」『Baseball-Reference.com』。2024年4月20日閲覧
  268. ^ 「Year-by-Year Top-Tens Leaders & Records for Strikeouts per 9 IP」『Baseball-Reference.com』。2024年4月20日閲覧
  269. ^ 「Year-by-Year Top-Tens Leaders & Records for Home Runs per 9 IP」『Baseball-Reference.com』。2024年4月20日閲覧
  270. ^ 「2023 Awards Voting (NL Rookie of the Year Voting)」『Baseball-Reference.com』。2024年4月20日閲覧
  271. ^ 「2023 Awards Voting (NL Cy Young Voting)」『Baseball-Reference.com』。2024年4月20日閲覧
  272. ^ 「小久保監督 初選出の千賀に期待「あのフォークは世界で通用する」」Sponichi Annex、2016年10月18日。2022年2月20日閲覧
  273. ^ 「全世代侍ジャパン選手リスト 千賀滉大」野球日本代表 侍ジャパン オフィシャルサイト。2017年3月25日閲覧
  274. ^ 「ホークス千賀WBC代表決定 お化けフォークで世界を斬る!」西日本スポーツ、2017年1月25日。2017年3月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  275. ^ 「侍ジャパン千賀圧巻!初登板初白星 日本2次L進出王手」西日本スポーツ、2017年3月9日。2017年3月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  276. ^ 「千賀連続K マウンドで仁王立ち」西日本スポーツ、2017年3月13日。2017年3月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  277. ^ 「千賀圧投、日の丸エースだ! 初先発5回1安打0封」西日本スポーツ、2017年3月16日。2017年5月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  278. ^ 「侍・千賀、華々しい記録と消せない記憶 衝撃の4連続三振、痛恨の初失点「情けない」」西日本スポーツ、2017年3月23日。2017年5月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  279. ^ 「侍J・千賀、敗戦投手も強烈印象 米国ファン驚嘆「すぐにMLBでプレーを」」Full-Count、2017年3月23日。2017年3月23日閲覧
  280. ^ 「Yadi, Balentien among All-Classic Team standouts」(英語)、World Baseball Classic、2017年3月22日。2017年3月23日閲覧
  281. ^ a b 「ソフトバンク千賀、地元蒲郡市スポーツ栄誉賞を受賞」日刊スポーツ、2017年5月22日。2017年6月2日閲覧
  282. ^ 「稲葉ジャパン、3月に豪州と強化試合 柳田、筒香らメンバー6名を先行発表」BASEBALL KING、2018年1月23日。2022年2月20日閲覧
  283. ^ 「侍J開幕投手は千賀「凄く大事な試合」」Sponichi Annex、2018年3月3日。2022年2月20日閲覧
  284. ^ 「“開幕投手”千賀が満点投球 凱旋登板で6者連続K」Sponichi Annex、2018年3月3日。2022年2月20日閲覧
  285. ^ 「巨人・中川、ソフトB周東が侍ジャパン初選出 「プレミア12」メンバーに坂本勇、千賀ら28人」Sponichi Annex、2019年10月1日。2024年1月2日閲覧
  286. ^ 「ソフトバンク千賀が右肩違和感で侍辞退 日本S出場チームから3投手追加」西日本スポーツ、2019年10月24日。2019年10月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  287. ^ 「巨人中川皓太が肋骨骨折、侍辞退「悔しく、申し訳ない気持ちでいっぱい」」日刊スポーツ、2021年6月25日。2022年2月20日閲覧
  288. ^ 「「ラスト侍」は千賀、稲葉監督が招集決断 故障明けも球団了承、先発&救援で切り札に」西日本スポーツ、2021年7月2日。2022年2月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  289. ^ 「千賀、侍ジャパン入り正式決定「出られなくなった投手の分まで」」西日本スポーツ、2021年7月5日。2021年7月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  290. ^ 「侍ジャパン千賀滉大、本番で復活の0封劇 稲葉監督との「直電」の中身」西日本スポーツ、2021年8月8日。2021年8月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧
  291. ^ 「球速ドットコム」『tokyudx.com』。2023年10月13日閲覧
  292. ^ 「What to know about NPB starting pitcher Kodai Senga, who's expected to sign with MLB team this offseason」『CBSSports.com』2022年11月18日。2024年4月20日閲覧
  293. ^ 「あの名将が松坂大輔より上と脱帽。高橋宏斗は世代No.1を目指す」web Sportiva、2019年11月20日。2021年4月9日閲覧
  294. ^ 「千賀滉大は大谷翔平、吉田正尚は鈴木誠也と"同等" 渡米前3年間の"驚異的"数字」『Full-Count』2022年12月15日。2024年4月9日閲覧
  295. ^ 「鷹・千賀滉大が自己最速の164キロ! 清宮への5球目、これまでの161キロを3キロ更新」Full-Count。2022年5月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年5月13日閲覧
  296. ^ a b 「ソフトB千賀「お化けフォーク」の正体は…?野田浩司氏が斬る」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン、2013年6月20日。2013年6月28日閲覧
  297. ^ 「ソフトバンクvs巨人(2019年10月19日)-1球速報-日本シリーズ-日程・結果-プロ野球dメニュースポーツ」dmenuスポーツ、2018年10月19日。2019年10月20日閲覧
  298. ^ 「「何だ、今の?」 ホークス千賀の代名詞「お化けフォーク」誕生の秘密」『Full-Count』2017年7月14日。2019年5月3日閲覧
  299. ^ 「米国に衝撃与えた千賀の"ゴーストフォーク" 「あれは何だ? スプリットか?」」Full-Count、2021年8月3日。2021年8月7日閲覧
  300. ^ 「「先発投手の最高記録だ」千賀滉大が記録した『59.5%』に米識者が驚愕 魔球・ゴーストフォークが現地で再脚光」『CoCoKARAnext』2023年12月27日。2024年5月19日閲覧
  301. ^ 「【MLB】実はおばけフォーク以上!? 千賀滉大を支えたもう一つの切り札」『SPOTV news』2023年9月28日。2024年4月21日閲覧
  302. ^ 「ソフトバンクの無失点男、千賀とダルビッシュの共通点」週プレNEWS、2013年7月6日。2015年11月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月9日閲覧
  303. ^ 「昨オフに感覚つかんだ千賀、工夫と中日・吉見から助言で完成」スポーツニッポン、2013年6月20日。2013年6月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年6月26日閲覧
  304. ^ 【濃密】育成4位から日本代表へ…倉野信次元コーチが今だから話せる千賀滉大”魔改造”の真実【工藤公康監督との投手王国育成計画秘話も】【倉野さんとちゃんと野球の話SP①/3】【ソフトバンク巨人】 上原浩治の雑談魂 2022/04/22 (2022年5月2日閲覧)
  305. ^ 「千賀結婚 お相手は広島出身の22歳」『西日本スポーツ』2015年12月26日。2017年3月20日閲覧
  306. ^ 「ソフトバンク千賀に第1子長女が誕生」日刊スポーツ、2017年1月31日。2017年12月24日閲覧
  307. ^ 「ソフトバンクで“ももクロポーズ”大ブーム」『東京スポーツ』2013年5月24日。2017年3月20日閲覧
  308. ^ TBSテレビ『ビビット』2017年3月21日放送
  309. ^ 「あの5人組のアイドルもソフトバンクVに貢献!? 柳田ら選手登場曲で背中を後押し」『ベースボールチャンネル』2015年9月21日。2017年3月20日閲覧
  310. ^ 石橋隆雄「ソフトB千賀がナゴヤドームで奮い立つ」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2013年6月8日。2020年11月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年11月6日閲覧
  311. ^ 「千賀滉大 プロフィール (PDF)」『愛知県蒲郡市公式ホームページ』蒲郡市。2020年11月6日時点のオリジナル (PDF)よりアーカイブ。2020年11月6日閲覧
  312. ^ 「蒲郡市観光大使・特別観光大使」『愛知県蒲郡市公式ホームページ』蒲郡市。2020年11月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年11月6日閲覧
  313. ^ 今シーズンからメジャーリーグに移籍した
  314. ^ 千賀滉大 “お化けフォーク”の投げ方 & MVP男・大谷翔平を語る【ピッチャーズバイブル】
  315. ^ a b 「ソフトバンク・千賀 憧れの存在・松坂の「18」継承を辞退していた…悩んだ末に生まれた決意」『東スポWeb』2021年10月20日。2021年11月8日閲覧
  316. ^ 「ゴールドポストプロジェクト」首相官邸 オリンピック・パラリンピックレガシー推進室。2022年6月9日閲覧
  317. ^ 「【動画】世界のSEGAとSENGAがコラボ! メッツ千賀滉大が奪三振時の特別演出にファン反応「アメリカセンスほんと素晴らしい」「滅茶苦茶いいなあ!」」西スポWeb。2023年9月2日閲覧
  318. ^ 「「お化けフォーク」から「ゴーストフォーク」へ衣替え 米大リーグで存在感増すメッツ千賀」『産経ニュース』2023年4月10日。2024年4月9日閲覧
  319. ^ 「メジャー初登板初勝利の千賀滉大 “おしゃれグローブ”にNYも注目「特徴的な投球で圧倒」」『スポニチ Sponichi Annex』2023年4月3日。2023年8月28日閲覧
  320. ^ 「2013年5月12日 【公式戦】 試合結果 (福岡ソフトバンクvs埼玉西武)」NPB.jp 日本野球機構。2017年6月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧
  321. ^ 「2013年7月26日 【公式戦】 試合結果 (福岡ソフトバンクvs北海道日本ハム)」NPB.jp 日本野球機構。2020年9月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧
  322. ^ 「2015年8月18日 【公式戦】 試合結果 (オリックスvs福岡ソフトバンク)」NPB.jp 日本野球機構。2021年4月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧
  323. ^ 「2016年4月13日 【公式戦】 試合結果 (埼玉西武vs福岡ソフトバンク)」NPB.jp 日本野球機構。2021年2月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧
  324. ^ 「2018年8月17日 【公式戦】 試合結果 (オリックスvs福岡ソフトバンク)」NPB.jp 日本野球機構。2021年5月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧
  325. ^ 「【ソフトバンク】千賀滉大、先制犠飛でプロ初打点 大野雄大とのエース対決で自援護」『スポーツ報知』報知新聞社、2022年6月3日。2022年6月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧
  326. ^ 「2022年6月3日 【公式戦】 試合結果 (中日vs福岡ソフトバンク)」NPB.jp 日本野球機構。2022年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧
  327. ^ 「【ソフトバンク】千賀滉大が通算1000投球回達成 NPB史上362人目」日刊スポーツ、2022年5月13日。2022年5月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年5月13日閲覧
  328. ^ a b 「メッツ千賀滉大、デビュー戦で初勝利「足がゴースト」も6回途中1失点“お化けフォーク”で8K」『日刊スポーツ』2023年4月3日。2023年4月3日閲覧
  329. ^ 「チーム情報 球場使用曲一覧」福岡ソフトバンクホークスオフィシャルサイト。2021年3月10日閲覧
  330. ^ 『山本由伸選手・ヌートバー選手・吉田正尚選手など、MLB注目選手が出演佐藤製薬 ユンケル 新TVCM「世界でユンケル!」篇公開』(プレスリリース)、佐藤製薬株式会社、2024年3月29日。2024年3月29日閲覧

関連項目

外部リンク

ウィキメディア・コモンズには、千賀滉大に関連するカテゴリがあります。

  • 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube、Baseball-Reference (Register)
  • 個人年度別成績 千賀滉大 - NPB.jp 日本野球機構
  • 選手情報 - 週刊ベースボールONLINE
  • 千賀滉大 (@kodai_senga_) - Instagram
  • 千賀滉大 (@kodaisenga) - X(旧Twitter)
ニューヨーク・メッツ ロースター
投手
捕手
内野手
外野手
指名打者
監督・コーチ
  • 64 カルロス・メンドーサ(監督)
  • 68 ジョン・ギボンズ(ベンチコーチ)
  • 49 ジェレミー・バーンズ(英語版)(打撃コーチ )
  • 51 エリック・チャベス(打撃コーチ)
  • 55 ジェレミー・ヘフナー(英語版)(投手コーチ)
  • 66 アントアン・リチャードソン(一塁コーチ)
  • 88 マイク・サーボー(英語版)(三塁コーチ)
  • 67 ホセ・ロサド(英語版)(ブルペンコーチ)
  • 53 グレン・シャーロック(英語版)(捕手兼分析コーチ)
  • 79 ダニー・バーンズ(情報コーチ)
  • 77 デーブ・ラカニエロ(英語版)(ブルペン捕手)
  • 78 エリック・ランギル(英語版)(ブルペン捕手)
公式サイト(英語)より 40人ロースター 監督・コーチ一覧 2024年5月20日更新
 
業績
MVP
優秀選手
2次R MVP
1次R MVP
1930年代
1940年代
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
脚注

ノーヒットノーラン達成投手のみ記載。
完全試合達成投手についてはTemplate:日本プロ野球完全試合達成者を参照。

1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
パシフィック・リーグ最優秀防御率
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
パシフィック・リーグ最優秀勝率投手
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
2002年から2012年は最優秀投手として表彰。
パシフィック・リーグ最多奪三振
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
1989年にタイトル制定
 
パシフィック・リーグ ベストナイン(2回)
2019年 パシフィック・リーグ ベストナイン
2020年 パシフィック・リーグ ベストナイン
 
パシフィック・リーグ ゴールデングラブ賞(2回)
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
投手 - 捕手
福岡ソフトバンクホークス開幕投手
1930年代
1940年代
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
 
日本の旗 野球日本代表
日本の旗 野球日本代表 - 2017 ワールド・ベースボール・クラシック
監督
コーチ
投手
捕手
内野手
外野手
日本の旗 野球日本代表 - 2020 東京オリンピック 11位 金メダル
監督
コーチ
投手
捕手
内野手
外野手
福岡ソフトバンクホークス - 2010年ドラフト指名選手
指名選手
育成選手
典拠管理データベース ウィキデータを編集
全般
  • VIAF
国立図書館
  • 日本
学術データベース
  • CiNii Books
  • CiNii Research