エリック・ヒンスキー

エリック・ヒンスキー
Eric Hinske
ニューヨーク・メッツ 打撃コーチ補佐
ニューヨーク・メッツでのコーチ時代
(2023年3月30日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ウィスコンシン州メナシャ
生年月日 (1977-08-05) 1977年8月5日(46歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
235 lb =約106.6 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手一塁手三塁手
プロ入り 1998年 MLBドラフト17巡目
初出場 2002年4月1日 ボストン・レッドソックス
最終出場 2013年6月27日 ワシントン・ナショナルズ
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
この表について
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プロジェクト:野球選手  ■テンプレート

エリック・スコット・ヒンスキーEric Scott Hinske, 1977年8月5日 - )は、アメリカ合衆国ウィスコンシン州メナシャ出身の元プロ野球選手外野手一塁手三塁手)、野球指導者。右投左打。

経歴

プロ入りとカブス傘下時代

1998年MLBドラフト17巡目(全体496位)でシカゴ・カブスから指名され、6月17日に契約。契約後はA-級ウィリアムズポート・カブス(英語版)とA級ロックフォード・カビーズでプレー。A-級ウィリアムズポートでは68試合に出場し、打率.298、9本塁打、57打点、19盗塁を記録した。

1999年はA+級デイトナ・カブスとAAA級アイオワ・カブスでプレー。A+級デイトナでは130試合に出場して打率.297、19本塁打、79打点、16盗塁を記録した。

2000年はAA級ウェストテン・ダイヤモンドジャックスでプレーし、131試合に出場して打率.259、20本塁打、73打点、14盗塁を記録した。

アスレチックス傘下時代

2001年3月28日にミゲル・カイロとのトレードで、オークランド・アスレチックスへ移籍した[1]。移籍後は傘下のAAA級サクラメント・リバーキャッツでプレーし、121試合に出場して打率.282、25本塁打、79打点、20盗塁を記録した。

ブルージェイズ時代

2001年12月7日にビリー・コッチとのトレードで、ジャスティン・ミラーと共にトロント・ブルージェイズへ移籍した[2]

2002年は開幕25人枠入りし、4月1日に行われたボストン・レッドソックスとの開幕戦でメジャーデビュー。三塁のレギュラーを獲得して151試合に出場して打率.279、24本塁打、84打点をマークし、二塁打・本塁打・打点・得点などで球団新人記録を更新した[3]。シーズン終了後に新人王を獲得した。また、オフには日米野球で来日した。

2003年3月11日にブルージェイズと1年契約に合意したが、17日に総額1475万ドルの5年契約[4]を結んだ[5]。この年は正三塁手として124試合に出場して打率.243、12本塁打、63打点、12盗塁を記録した。

2004年も前年同様に正三塁手として起用され、155試合に出場。打率.246、15本塁打、69打点、12盗塁を記録した。

2005年は前年オフに三塁手のコーリー・コスキーが加入したため、一塁手へ転向。この年は147試合に出場して打率.262、15本塁打、68打点、8盗塁を記録した。

2006年は一塁手のライル・オーバーベイが加入したため、右翼手に転向したが、同じポジションであるアレックス・リオスの活躍もあり、開幕後はバックアップとしての起用が増えた。ブルージェイズでは78試合に出場して打率.264、12本塁打、29打点、1盗塁を記録した。

レッドソックス時代

ボストン・レッドソックスでの現役時代
(2007年9月21日)

2006年8月17日に金銭トレードでボストン・レッドソックスへ移籍[6]。移籍後はポジションを確保することができず、右翼・一塁のバックアップとして起用され、31試合に出場。打率.288、1本塁打、5打点、1盗塁を記録した。

2007年は一塁にケビン・ユーキリス、三塁にはマイク・ローウェル、外野陣は左翼にマニー・ラミレス、中堅にココ・クリスプ、右翼にはJ.D.ドリューとスター選手が揃っていたため、ポジションを奪取することができず、控え野手としてシーズンを過ごした。ポストシーズンはディビジョンシリーズからロースター入りし[7]ワールドシリーズでは第1戦目に代打として出場し、三振に終わったが、チームは4連勝し、チャンピオンリングを勝ち取った。この年は84試合に出場して打率.204、6本塁打、21打点、3盗塁を記録した。オフの10月30日にFAとなった。

レイズ時代

タンパベイ・レイズでの現役時代
(2008年4月24日)

2008年2月6日にタンパベイ・レイズとマイナー契約を結んだ[8]スプリングトレーニング中のオープン戦では25試合の出場で、打率.316、2本塁打、11打点、2盗塁と結果を残し、3月29日にレイズとメジャー契約を結んだ[9]。開幕後は右翼・左翼・三塁・一塁を転々としていたが、133試合に出場して打率.247、20本塁打、60打点、10盗塁を記録した。フィラデルフィア・フィリーズとのワールドシリーズでは2試合に出場。第4戦では5回表に代打として出場し、ジョー・ブラントンから本塁打を放った[10]が、チームは1勝4敗で敗退した。オフの11月1日にFAとなった。

パイレーツ時代

ピッツバーグ・パイレーツでの現役時代
(2009年5月18日)

2009年1月30日にピッツバーグ・パイレーツと150万ドルの1年契約を結んだ[11][12]。開幕後は主に代打起用となり、54試合の出場で、打率.255、1本塁打、11打点を記録した。

ヤンキース時代

ニューヨーク・ヤンキースでの現役時代
(2009年9月1日)

2009年6月30日にケイシー・エリクソン、エリック・フライヤーとのトレードで、ニューヨーク・ヤンキースへ移籍した[13]。移籍後は右翼手であるニック・スウィッシャーのバックアップとして主に起用され、39試合に出場。打率.226、7本塁打、14打点、1盗塁を記録した。自身3年連続の出場となったフィリーズとのワールドシリーズでは、第5戦に代打として出場。1試合のみの出場だったが、ヤンキースは4勝2敗でワールドシリーズを制覇したため、2個目のチャンピオンリングを獲得した。オフの11月9日にFAとなった。

ブレーブス時代

アトランタ・ブレーブスでの現役時代
(2010年4月23日)

2010年1月12日にアトランタ・ブレーブスと100万ドルの1年契約を結んだ[14][15]。開幕後は第4の外野手として131試合に出場して打率.256、11本塁打、51打点を記録した。この年もサンフランシスコ・ジャイアンツとのポストシーズンに出場し、自己最多の4試合に起用された。第3戦では1点ビハインドの8回裏に代打として出場し、セルジオ・ロモから逆転の2点本塁打を放った[16]。オフの12月2日にブレーブスと135万ドルの1年契約(2012年・150万ドルの球団オプション付き[17])を結んだ[18][19]

2011年も第4の外野手として起用され、この年は117試合に出場。打率.233、10本塁打、28打点を記録した。オフの10月31日にブレーブスが150万ドルの球団オプションを行使した[20]

2012年は外野レギュラーの3人(マーティン・プラドマイケル・ボーンジェイソン・ヘイワード)が150試合以上に出場し、マット・ダイアズが第4の外野手として起用されたため、この年は主に代打として91試合に出場。打率.197、2本塁打、13打点を記録した。オフの10月29日にFAとなった。

ダイヤモンドバックス時代

2012年12月6日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスに135万ドルの1年契約で移籍した[21][22]

2013年は開幕から代打要員として起用された。6月11日のロサンゼルス・ドジャース戦では、乱闘騒ぎが起こった際に「ダグアウトから出て攻撃的な行動を行った」ため、14日にMLB機構から5試合の出場停止処分を受けた[23]。ヒンスキーは暴力行為を行っていないことを主張し、ヒンスキーの背中を殴ったヤシエル・プイグは罰金処分ということにヒンスキーやチームメイトのミゲル・モンテロは納得できず[24]、代理人を通してMLBに対し抗議した結果、ビデオによる検査で暴力行為を働いていないことが確認され、25日に1試合の出場処分に軽減された[25]。しかし52試合の出場で、打率.173と低迷していたため、28日にDFAとなり[26]、7月7日に傘下のAAA級リノ・エーシズへ降格した。降格後はAAA級リノで5試合に出場していたが、18打数1安打で打率.056と振るわず、18日に放出され[27]、現役を引退することを発表した。

引退後

2013年12月3日にカブスの一塁コーチに就任した[28]

2014年オフに古巣のヤンキースから打撃コーチのオファーがあったが拒否し[29]、10月9日にカブスの打撃コーチ補佐だったマイク・ブラムリー(英語版)が来季の契約を更新しなかったため、打撃コーチ補佐へ異動した[30]。11月3日にはレイズ時代の監督であるジョー・マドンが就任した。

2018年ロサンゼルス・エンゼルスの打撃コーチに就任した[31]が、1年で退任した。

2019年シーズンからはダイヤモンドバックスの打撃コーチ補佐に就任する[32]

2021年6月10日、チームの打撃成績の低迷を理由として、ダネル・コールズ(打撃コーチ)と共に打撃コーチ補佐を解任された[33]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2002 TOR 151 650 566 99 158 38 2 24 272 84 13 1 0 5 77 5 2 138 12 .279 .365 .481 .846
2003 124 514 449 74 109 45 3 12 196 63 12 2 0 5 59 1 1 104 11 .243 .329 .437 .766
2004 155 634 570 66 140 23 3 15 214 69 12 8 0 6 54 2 4 109 14 .246 .312 .375 .687
2005 147 537 477 79 125 31 2 15 205 68 8 4 0 6 46 4 8 121 8 .262 .333 .430 .763
2006 78 224 197 35 52 9 2 12 101 29 1 1 0 0 27 2 0 49 6 .264 .353 .513 .866
BOS 31 88 80 8 23 8 0 1 34 5 1 1 0 0 8 0 0 30 2 .288 .352 .425 .777
'06計 109 312 277 43 75 17 2 13 135 34 2 2 0 0 35 2 0 79 8 .271 .353 .487 .840
2007 84 218 186 25 38 12 3 6 74 21 3 0 0 1 28 2 3 54 7 .204 .317 .398 .715
2008 TB 133 432 381 59 94 21 1 20 177 60 10 3 0 1 47 4 3 88 13 .247 .333 .465 .798
2009 PIT 54 126 106 18 27 9 0 1 39 11 0 0 0 0 17 0 3 27 0 .255 .373 .368 .741
NYY 39 98 84 13 19 3 0 7 43 14 1 0 0 2 10 1 2 25 2 .226 .316 .512 .828
'09計 93 224 190 31 46 12 0 8 82 25 1 0 0 2 27 1 5 52 2 .242 .348 .432 .780
2010 ATL 131 320 281 38 72 21 1 11 128 51 0 0 0 3 33 5 3 75 4 .256 .338 .456 .793
2011 117 264 236 24 55 10 0 10 95 28 0 1 0 1 26 1 1 71 5 .233 .311 .403 .713
2012 91 147 132 9 26 7 1 2 41 13 0 0 0 1 14 2 0 41 5 .197 .272 .311 .583
2013 ARI 52 58 52 2 9 3 0 1 15 6 0 0 0 0 6 0 0 17 2 .173 .259 .288 .547
MLB:12年 1387 4310 3797 549 947 240 18 137 1634 522 61 21 0 31 452 29 30 949 91 .249 .332 .430 .762

年度別守備成績

内野守備


一塁(1B) 三塁(3B)
























2002 TOR - 148 103 245 20 14 .946
2003 - 124 80 214 22 13 .930
2004 - 153 107 242 8 23 .978
2005 100 868 69 7 77 .993 -
2006 4 15 0 0 1 1.000 10 3 14 0 1 1.000
BOS 12 91 5 1 9 .990 -
'06計 16 106 5 1 10 .991 10 3 14 0 1 1.000
2007 43 256 22 3 25 .989 -
2008 TB 11 78 8 1 11 .989 8 1 6 0 0 1.000
2009 PIT 6 39 3 0 4 1.000 3 0 3 0 0 1.000
NYY - 10 3 3 0 0 1.000
'09計 6 39 3 0 4 1.000 13 3 6 0 0 1.000
2010 ATL 32 179 10 1 15 .995 1 0 2 0 0 1.000
2011 13 81 8 0 6 1.000 -
2012 15 95 8 2 6 .981 -
2013 ARI 6 32 2 0 5 1.000 -
MLB 242 1734 135 15 159 .992 457 297 729 50 51 .954
外野守備


左翼(LF) 右翼(RF)
























2006 TOR 1 0 0 0 0 ---- 30 41 2 0 1 1.000
BOS 5 5 0 0 0 1.000 10 10 1 0 0 1.000
'06計 6 5 0 0 0 1.000 40 51 3 0 1 1.000
2007 24 26 1 0 0 1.000 12 16 0 0 0 1.000
2008 TB 40 45 2 1 0 .979 49 88 2 1 0 .989
2009 PIT - 13 30 3 0 0 1.000
NYY 2 7 0 0 0 1.000 22 25 0 0 0 1.000
'09計 2 7 0 0 0 1.000 35 55 3 0 0 1.000
2010 ATL 50 65 0 1 0 .985 -
2011 32 41 1 0 0 1.000 16 24 1 0 0 1.000
2012 6 4 0 0 0 1.000 4 5 0 0 0 1.000
MLB 160 193 4 2 0 .990 156 239 9 1 1 .996
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰

  • 新人王:2002年

背番号

  • 11(2002年 - 2006年途中)
  • 12(2006年途中 - 2007年)
  • 32(2008年)
  • 16(2009年 - 同年途中)
  • 14(2009年途中 - 同年終了)
  • 20(2010年 - 2012年)
  • 22(2013年)
  • 2(2014年)
  • 77(2015年 - 2021年)

脚注

  1. ^ “MLB Transactions”. ESPN MLB. 2015年1月10日閲覧。
  2. ^ “Yankees Trade Justice to Mets for Ventura”. Los Angeles Times (2001年12月8日). 2015年1月10日閲覧。
  3. ^ “Memorable Moments” (英語). geocities.com. 2008年9月10日閲覧。
  4. ^ 2003年は50万ドル、2004年は80万ドル、2005年は300万ドル、2006年は432万5000ドル、2007年は562万5000ドルで、契約金は50万ドル。
  5. ^ “Wells, Hinske sign multiyear deals”. MLB.com Blue Jays Press Release (2003年3月17日). 2015年1月10日閲覧。
  6. ^ “Red Sox acquire infielder-outfielder Eric Hinske from Toronto Blue Jays”. MLB.com Red Sox Press Release (2006年8月17日). 2015年1月10日閲覧。
  7. ^ “Red Sox set Division Series playoff roster”. MLB.com Red Sox Press Release (2007年10月2日). 2015年1月10日閲覧。
  8. ^ “Rays sign Eric Hinske to Minor League contract”. MLB.com Rays Press Release (2008年2月7日). 2015年1月10日閲覧。
  9. ^ Bill Chastain (2008年3月29日). “Rays finalize their 25-man roster”. MLB.com. 2015年1月10日閲覧。
  10. ^ “Scores for Oct 26, 2008”. ESPN MLB (2008年10月26日). 2015年1月10日閲覧。
  11. ^ “Pirates sign free agent Eric Hinske”. MLB.com Pirates Press Release (2009年1月30日). 2015年1月10日閲覧。
  12. ^ Mark Sheldon (2009年1月31日). “Pirates sign Maholm and Hinske”. MLB.com. 2015年1月10日閲覧。
  13. ^ “Yankees acquire INF/OF Eric Hinske from Pittsburgh”. MLB.com Yankees Press Release (2009年6月30日). 2015年1月10日閲覧。
  14. ^ “Braves Sign Free-Agent Infielder/Outfielder Eric Hinske to One-Year Deal”. MLB.com Braves Press Release (2010年1月12日). 2015年1月10日閲覧。
  15. ^ Mark Bowman (2010年1月13日). “Deal for veteran Hinske finalized”. MLB.com. 2015年1月10日閲覧。
  16. ^ “Scores for Oct 10, 2010”. ESPN MLB (2010年10月10日). 2015年1月10日閲覧。
  17. ^ 違約金は10万ドル。
  18. ^ “Braves Agree To Terms With Infielder/Outfielder Eric Hinske”. MLB.com Braves Press Release (2010年12月2日). 2015年1月10日閲覧。
  19. ^ “Braves won't offer deal to Matt Diaz”. ESPN MLB (2010年12月2日). 2015年1月10日閲覧。
  20. ^ “Braves Pick Up Club Option On Infielder/Outfielder Eric Hinske”. MLB.com Braves Press Release (2011年10月31日). 2015年1月10日閲覧。
  21. ^ “D-backs agree to terms with Eric Hinske”. MLB.com D-backs Press Release (2012年12月7日). 2015年1月10日閲覧。
  22. ^ “Eric Hinske, Wil Nieves get deals”. ESPN MLB (2012年12月7日). 2015年1月10日閲覧。
  23. ^ John Schlegel (2013年6月15日). “Kennedy suspended 10 games as part of MLB discipline”. MLB.com. 2015年1月10日閲覧。
  24. ^ Jamal Collier (2013年6月15日). “Kennedy, Hinske appealing suspensions to MLB”. MLB.com. 2015年1月10日閲覧。
  25. ^ “Eric Hinske ban reduced to 1 game”. ESPN MLB (2013年6月25日). 2015年1月10日閲覧。
  26. ^ “D-backs Reinstate Chavez from 15-day DL, Designate Hinske for Assignment”. MLB.com D-backs Press Release (2013年6月28日). 2015年1月10日閲覧。
  27. ^ Andrew Simon (2013年7月19日). “D-backs sign reliever Camp, release Hinske”. MLB.com. 2015年1月10日閲覧。
  28. ^ “Cubs name Eric Hinske Major League first base coach” (英語). MLB.com Cubs Press Release (2013年12月3日). 2015年1月10日閲覧。
  29. ^ “Eric Hinske turns down Yankees after hitting coach overture” (英語). NY Post (2014年10月24日). 2015年1月10日閲覧。
  30. ^ George A. King III (2014年10月24日). “Cubs announce 2015 Major League coaching staff” (英語). MLB.com. 2015年1月10日閲覧。
  31. ^ Maria Guardado (2017年10月23日). “Hinske tabbed as Halos' hitting coach” (英語). http://m.mlb.com/news/article/259448370/angels-name-eric-hinske-new-hitting-coach/ 2017年11月15日閲覧。 
  32. ^ Steve Gilbert (2018年11月26日). “Hinske returns to D-backs as asst. hitting coach” (英語). MLB.com. 2019年4月4日閲覧。
  33. ^ Steve Gilbert (2021年6月10日). “D-backs dismiss coaches Coles, Hinske” (英語). MLB.com. 2021年6月11日閲覧。

関連項目

外部リンク

ウィキメディア・コモンズには、エリック・ヒンスキーに関連するカテゴリがあります。
  • 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube、Baseball-Reference (Register)
アメリカンリーグ新人王
1940年代
  • 49 ロイ・シーバース(英語版)
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
 
ワールドシリーズ ロースター
ボストン・レッドソックス 2007年のワールドシリーズ ロースター
   

監督
47 テリー・フランコーナ

コーチ
02 ブラッド・ミルズ(ベンチ)
16 ルイス・アリセア(一塁)
29 デーブ・マガダン(打撃)
35 ディマーロ・ヘイル(三塁)
52 ジョン・ファレル(投手)
57 ゲイリー・タック(ブルペン)

ニューヨーク・ヤンキース 2009年のワールドシリーズ ロースター
   

監督
27 ジョー・ジラルディ

コーチ
50 ミック・ケラー(一塁)
54 ケビン・ロング(打撃)
56 トニー・ペーニャ(ベンチ)
57 マイク・ハーキー(ブルペン)
58 デーブ・アイランド(投手)
59 ロブ・トムソン(三塁)

シカゴ・カブス 2016年のワールドシリーズ ロースター
   

監督
70 ジョー・マドン

コーチ
01 ゲイリー・ジョーンズ(三塁)
04 デーブ・マルティネス(ベンチ)
11 ジョン・マリー(打撃)
16 ブランドン・ハイド(一塁)
25 クリス・ボシオ(投手)
35 レスター・ストロード(ブルペン)
58 マイク・ボーゼロ(捕手)
64 ヘンリー・ブランコ(クオリティコントロール)
77 エリック・ヒンスキー(打撃補佐)

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