ヴェイユコホモロジー

代数幾何学において、ヴェイユコホモロジー (Weil cohomology) あるいは ヴェイユコホモロジー論 (Weil cohomology theory) とは、代数的サイクルとコホモロジー群の関係性についてのある公理系を満たすコホモロジーのことを言う。名前はアンドレ・ヴェイユ (André Weil) にちなむ。周モチーフを通してヴェィユコホモロジーが分解するという意味で、周モチーフの圏が普遍ヴェイユコホモロジー論である限りは、ヴェィユコホモロジー論がモチーフの理論で重要な役割を演じる。しかしながら、周モチーフの圏はアーベル圏ではないので、ヴェィユコホモロジー論をもたらさないことにも注意する必要がある。

定義

ヴェイユコホモロジー(Weil cohomology)は、反変函手

H*: {体 k 上の滑らかな射影代数多様体} → {次数付き K-代数}

で、以下の公理に従う。体 Kk とは異なっているので混乱しないでほしい。体 K は標数 0 であり、係数体と言われるのに対し、基礎体 k は任意である。X を次元 n の滑らかな射影代数多様体とすると、次数付き K-代数(英語版)(K-algebra) H ( X ) = H i ( X ) {\displaystyle H^{*}(X)=\oplus H^{i}(X)} は次の条件を満たす。

  1. H i ( X ) {\displaystyle H^{i}(X)} は有限次元の K-ベクトル空間である。
  2. H i ( X ) {\displaystyle H^{i}(X)} は、i < 0 および i > 2n に対し 0 となる。
  3. H 2 n ( X ) {\displaystyle H^{2n}(X)} K に同型である(いわゆる向き付け写像)
  4. ポアンカレ双対性、つまり、非退化なペアリング H i ( X ) × H 2 n i ( X ) H 2 n ( X ) K {\displaystyle H^{i}(X)\times H^{2n-i}(X)\to H^{2n}(X)\cong K} が存在する。
  5. 標準的なキュネット(英語版)(Künneth)同型写像: H ( X ) H ( Y ) H ( X × Y ) {\displaystyle H^{*}(X)\otimes H^{*}(Y)\to H^{*}(X\times Y)} が存在する。
  6. サイクル写像(cycle-map): γ X : Z i ( X ) H 2 i ( X ) {\displaystyle \gamma _{X}\colon Z^{i}(X)\to H^{2i}(X)} の存在。ここに前者の群は余次元 i の代数的サイクルを意味し、函手 H に関してある整合性条件、キュネット同型と点 X に対しサイクル写像が包含写像 ZK であること。
  7. 弱レフシェッツ公理 (weak Lefschetz axiom): 任意の滑らかな超平面切断(英語版)(hyperplane section) j: WX (つまり、W = XHH は周りの射影空間の中のある超平面) に対し、写像 j : H i ( X ) H i ( W ) {\displaystyle j^{*}\colon H^{i}(X)\to H^{i}(W)} in − 2 に対し同型であり、in − 1 に対し単射である。
  8. 強レフシェッツ公理 (hard Lefschetz axiom): 再び W を超平面切断とし、 w = γ X ( W ) H 2 ( X ) {\displaystyle w=\gamma _{X}(W)\in H^{2}(X)} をサイクル類写像による像とする。レフシェッツ作用素 (Lefschetz operator) L : H i ( X ) H i + 2 ( X ) {\displaystyle L\colon H^{i}(X)\to H^{i+2}(X)} xxw へ写像する(ドットは代数 H*(X) での積を表す)。公理は、 L i : H n i ( X ) H n + i ( X ) {\displaystyle L^{i}\colon H^{n-i}(X)\to H^{n+i}(X)} i = 1, ..., n に対し同型写像であるというものである。

4つの古典的ヴェイユコホモロジー論がある。

  • C 上の多様体を解析的位相(GAGA参照)を用いて位相空間と見なしたときの特異コホモロジー(ベッチコホモロジーともいう)
  • 標数 0 の基礎体上のド・ラームコホモロジーC 上で微分形式により定義、一般には、ケーラー微分の複体による(参照、代数的ド・ラームコホモロジー(英語版)(algebraic de Rham cohomology))
  • 標数が l でない体上の多様体の l-進コホモロジー
  • クリスタルコホモロジー(英語版)(crystalline cohomology)

ベッチコホモロジーとド・ラームコホモロジーの場合の公理の証明は、比較的容易で古典的であるのに対し、l-進コホモロジーの上記の性質は深い定理となっている。

複素次元が n の(複素)多様体は実次元が 2n であるという事実より、ベッチコホモロジー群の次数が次元の 2 倍を超えると 0 となることは明らかであるので、これらの高次コホモロジー群は消える(例えば単体(コ)ホモロジー(英語版)(simplicial (co)homology)と比較することによって)。サイクル写像についても理解し易い説明がある。複素次元 n の(コンパクト)多様体 X の任意の(複素) i 次元の部分多様体が与えられると、この部分多様体にそって (2ni)-形式を積分することができる。ポアンカレ双対の古典的なステートメントは、これが非退化なペアリングを与えることである。

H i ( X ) H dR 2 n i ( X ) C {\displaystyle H_{i}(X)\otimes H_{\text{dR}}^{2n-i}(X)\rightarrow \mathbf {C} }

したがって(ド・ラームコホモロジーとベッチコホモロジーとの比較を通して)同型

H i ( X ) H dR 2 n i ( X ) H i ( X ) {\displaystyle H_{i}(X)\cong H_{\text{dR}}^{2n-i}(X)^{\vee }\cong H^{i}(X)}

を得る。

参考文献

  • Griffiths, Phillip; Harris, Joseph (1994), Principles of algebraic geometry, Wiley Classics Library, New York: Wiley, ISBN 978-0-471-05059-9, MR1288523  (contains proofs of all of the axioms for Betti and de-Rham cohomology)
  • Milne, James S. (1980), Étale cohomology, Princeton, NJ: Princeton University Press, ISBN 978-0-691-08238-7  (idem for l-adic cohomology)
  • Kleiman, S. L. (1968), “Algebraic cycles and the Weil conjectures”, Dix exposés sur la cohomologie des schémas, Amsterdam: North-Holland, pp. 359–386, MR0292838